いきものがたり「生き物ひとつひとつにはドラマがある」

生き物ひとつひとつが持つ驚異のドラマを実際に研究している先生と共に紹介していきます。

第1回 メダカ ~「種」を探る~

お話:山下正兼先生(生殖生物学)

「めだかの学校は川の中~♪」と歌われているように、メダカは川に住んでいる淡水魚だと思っていませんか。ところが、河口近くの塩分を含んだ水の中で暮らしているメダカもいるそうです  えっ?そんな種類のメダカがいるのかって?それがいるんです。広くアジアには20種近いメダカがいます。この種類の違いに着目した研究をしている北海道大学の山下正兼先生の研究室を訪ねました。

【Q】=インタビュアー

種の組み合わせによる「異常」の違いに着目

【Q】山下先生が研究に使っているメダカはどんなメダカなのですか?

【山下】まずニホンメダカです。日本に野生として生息しているのはこの1種類だけです。それから、インドネシアのジャワ島に生息しているハブスメダカと、中国の海南島に生息しているハイナンメダカの3種類です。

【Q】研究対象としてのメダカの特徴って何でしょうか?

【山下】それは、ヒトと同じ脊椎動物という点ですね。生物学は、医学や薬学との接点が多く、ヒトに近い脊椎動物の研究が不可欠です。メダカは、ヒトと内臓の仕組みもほぼ同じだし、共通の遺伝子も多いのです。

【Q】メダカの遺伝子とヒトの遺伝子が似ているのですか?

【山下】そう、ヒトのゲノムは解析されて遺伝子の配列が全てわかっていることは知っているでしょ。メダカも2007年にゲノム解析が終了して遺伝子の配列が全てわかりました。それを比べてみるとヒトとメダカには同じ遺伝子がたくさんあったのです。 つまり共通の遺伝子についてなら、メダカで実験してわかったことは、ヒトにも同じことが言えるだろうということです。もちろん、最終的にはヒトのことはヒトで確かめなくてはならないですが、いきなりヒトで実験できないですよね。だからメダカの研究はヒトのことをわかるためにも重要なんです。

【Q】なるほど。では、具体的にはどんな実験をするのですか?

【山下】メダカは突然変異体が得やすいという特徴があります。人工的に化学物質をかけるとランダムに遺伝子を傷つけることができて、異常を起こすことができます。そこで興味深い異常が起きたメダカの遺伝子を調べれば、どこの遺伝子が傷ついて起きたのかがわかるわけです。それを見つけることで逆にその遺伝子の正常な働きもわかるのです。

【Q】では、先生は突然変異のメダカをつくっているのですか?

【山下】実は、最近は人為的に遺伝子をいじったメダカよりも、自然の状態で生きているままのメダカをつかった実験を主にやっています。種の組み合わせを替えて交配させるという生殖実験です。

【Q】しかし、種が違うということは子どもができないことを意味しているのではないですか?

【山下】一概にはそうならないところが面白いのです。組み合わせによっては雑種の子ができます。ところが子ができてもその次の世代の子ができないために種として隔離されていると言える場合もあるのです。詳しくお見せしましょう。

ニホンメダカにハイナンメダカとハブスメダカを交配させると次のようになります。

<ニホンメダカ卵×ハイナンメダカ精子の受精卵>の場合

この場合、ニホンハイナンメダカという雑種ができます。ところがこの雑種、オスの体内で精子が上手くつくれない。そのため、次の世代の「孫」がつくれないのです。これを「生殖細胞形成異常」と呼んでいます。詳しく見ると、ニホンハイナンメダカの場合は、精子をつくる時に上手く減数分裂できないため、次の世代をつくれないのです。

ニホンメダカ卵×ハイナンメダカ精子の受精卵の場合:子は雑種ができるが、その雑種の体内で正常な精子や卵がつくられない(生殖細胞形成異常)。そのため、孫の世代をつくることができない

<ニホンメダカ卵×ハブスメダカ精子の受精卵>の場合

この場合は、確率的には低いけれど、一応受精して胚になるものがあります。そして胚からさらにメダカの形になろうとするのですが、発生異常を起こしてそれ以上進まないんです。これを「胚発生異常」と呼んでいます。さきほどのニホンハイナンメダカはメダカの形にはなったのに、ハブスメダカとの交配だと形にもならないのです。

ニホンメダカ卵×ハブスメダカ精子の受精卵の場合:受精卵はできるが、胚の発生途中で異常を起こし、子ができない(胚発生異常)

なぜ、こんなことが起きるのか調べてみたら、メダカの染色体は2n×24で48本ですが、成長が止まってしまう胚の染色体を調べると24本しかない。なんで半分になっているのかさらに調べてみると、細胞分裂する度にニホンメダカの染色体は分裂するのに、ハブスメダカの染色体はうまく分裂できていなかったのです。そして、細胞分裂の度にハブスメダカの染色体は減っていき、最終的にニホンメダカの染色体だけが残り24本になってしまうのです。

「種」を隔てていたMPFの存在

【Q】片やニホンメダカとの雑種ができて、片やニホンメダカとの雑種ができないのですね。

【山下】ここに雑種ができるか否かの生物学的な境界線があるんじゃないかって思わないですか?

【Q】なるほどー!ハイナンメダカとハブスメダカの何かが違うから雑種ができたり、できなかったりするわけですね。それは何が違ったのですか?

【山下】それは、通称MPFと呼ばれる細胞分裂促進因子だったのです。MPFというのは、細胞分裂を始めさせる因子です。ちなみに、このMPFを見つけた人たちは2001年にノーベル賞を貰っています。今では、このMPFはすべての真核生物に共通にあることがわかっていますが、魚でもこのMPFが働いていることを確かめたのはうちの研究室が最初なんですよ。

【Q】MPFはどんな作用をするのですか?

【山下】MPFはCDC2とサイクリンBという2つの分子から構成されていて、このMPFがあるタンパク質にリン酸をポンとつけることによって、細胞分裂が始まることがわかっています。ところが、このCDC2とサイクリンBがニホンメダカとハブスメダカでは少しだけ違うんです。 この2種が受精してできたMPFはCDC2がニホンメダカ由来で、サイクリンBがハブスメダカ由来という組み合わせになるか、もしくはその逆ということが、それぞれ四分の一ずつの確率でありえます。このニホンメダカとハブスメダカの組み合わさった雑種MPFが、実は、本来リン酸をつけなければならないタンパク質をちゃんと認識できずに、別のタンパク質にリン酸をつけてしまっていた、という現象が見られたのです。そのために細胞分裂が正常に起きなかったというわけです。

【Q】では、ニホンメダカとハイナンメダカの雑種MPFは正常に働く因子だったのですね。

【山下】そうです。よって雑種の発生異常は正常にリン酸を運べないMPFによるものだと結論付けられます。 そして、先ほども言いましたが、このMPFはすべての真核生物で共通の因子です。ですから、メダカだけでなく、種が違うと子孫を作れない、雑種ができない原因は、このMPFの組み合わせによるものだと言えるのです。それは逆に自然界で正常に起きている「種の維持」についてわかることでもあります。

【Q】メダカの研究で、「種」について解明できそうですね。 気になったのは、雑種のニホンハイナンメダカのMPFは正常に働いたのに、なぜそのメダカの体内の精子が減数分裂できなかったのでしょうか?

【山下】これはまた違う原因によるものです。

【Q】うわー、メダカって奥が深いんですね。

【山下】メダカだけでなく、生き物すべてのありのままの姿を観察して、発信する声に耳を傾けることを大事にしています。すると、メダカ一匹だって、ものすごく多くのことを私たちに教えてくれることに驚きますよ。

【Q】今日はありがとうございました。