このページの本文へ移動

研究していること

地球の気候は,大気・海洋・陸面・雪氷の相互作用によって生じます.海洋気候物理学研究室では、このうち大気と海洋について、日々の天気の変化から百年程度の気候の変化まで、地域・大洋・さらに全球スケールにわたって、さまざまな現象の発見と解明を目指しています。

特に重点的に取り組んでいるいくつかのテーマを紹介しましょう

中緯度大気海洋相互作用

ネイチャー誌表紙と新型の数値シミュレーション

図1: (左)大西洋のメキシコ湾流から対流圏の影響を発見した研究は、2008年3月13日ネイチャー誌の表紙を飾りました。(右)6月の降水量(カラー)と海面水温(等高線).東シナ海の黒潮に伴う海洋前線上で,梅雨前線に伴う降水が強化している.

地球の気候を考える上で、海洋が大気にどういう影響を与えるかは重要な問題です。その中でも中緯度の海洋が大気変動にどう影響しているのかは、長年の研究にもかかわらず、分かっていないことが多く残されています。しかし近年はじめて可能となった人工衛星による風や雨の観測や、大規模計算システムによる高解像で長期間の大気海洋シミュレーションにより、この問題に新しい光が当たり今まさにブレークスルーが起きつつあります。この世界的な科学の発展の一翼をわれわれも担っています。

Minobeら(2008)では、人工衛星による観測データと大気海洋シミュレーションの結果を駆使して、大西洋のメキシコ湾流から対流圏への影響を発見しました(図1左)。この研究は、非常に高い評価を受け、2008年3月13日ネイチャー誌の表紙を飾りました。また、この論文は、論文引用数などでもっとも権威のあるトムソン・ロイター社によって世界の高引用論文に選ばれ、またresearch front論文とされています.これを力強い出発点として現在幅広く中緯度大気海洋相互作用に取り組んでおり、Minobeら(2010)では海流に対する大気応答は浅い構造と深い構造を持つ二つの場合があることを見出すなど、国際的な研究の先端を走り続けています。

中緯度海洋の微細な構造が大気に与える影響を調べるためには、高解像度の大気海洋シミュレーションや実際に現地へ行っての観測が欠かせません。Sasakiら(2012)では、衛星観測データと気象庁の高解像度の非静力領域大気モデルの結果を組み合わせ,東シナ海の黒潮に伴う海洋前線が梅雨前線の降水を強化していることを示しました(図1右)。森(2014修士論文)では、6月の東シナ海で船舶観測を行い実際に計測した大気プロファイルから、黒潮の高い水温上で大気の対流不安定度が増していることを見出しています。現在進行中のプロジェクト研究では中緯度大気海洋相互作用について、大気と海洋の両方の視点からさらに理解を深める研究を進めています。

大気海洋の十年規模変動

2006-2010年1977-2005年の冬春平均の差と1970年代に生じた20世紀最後の気候レジーム・シフトの気圧変化

図2:(左)最近北太平洋で生じた気圧変化(2006-2010年1977-2005年の冬春平均の差)と、(右)1970年代に生じた20世紀最後の気候レジーム・シフトの気圧変化(1977-2005年と1949-1976年の冬春平均の差)。1970年代には北太平洋の気圧が広範囲に低下した。それとほぼ逆のパターンで最近気圧が上昇している。

気候変動の研究は、観測データの集積にともなって季節変動、熱帯のエルニーニョに代表される数年変動、そして十年から百年の時間スケールの変動(十年規模変動)と、その研究範囲を広げてきました。この十年規模変動は1990年代後半から2000年代前半に集中的に研究がなされましたが、なおエルニーニョ以上に謎に満ちています。

海洋気候物理学研究室では、「北太平洋の大気海洋に50年変動がある」こと(Minobe 1997)、「北太平洋上の50年変動は20年変動と同期している」こと(Minobe 1999)を明らかにしてきました。これらの研究成果は気候変動に関する政府間パネルの第4次および第5次報告書(IPCC, 2007, 2013)をはじめとして、日本発の研究としてはトップクラスの引用を集めています。

また最近の北太平洋の大気海洋の状態は、興味深い変化を示しています(図2)。太平洋の十年規模変動はしばしば急激にその状態が変わりそれらの変化は気候レジーム・シフトと呼ばれてきました。最近の変化は、レジーム・シフトが生じた可能性を示しています。現在の観測網は、20世紀最後の大きなレジーム・シフトが生じた1970年代よりもはるかに充実しています。もし気候レジーム・シフトが最近生じたのだとすると未解明の多くの謎に答えられるでしょう。

大気や海洋の力学

黒潮続流と日本の沿岸水位の変動の模式図

図3: 黒潮続流と日本の沿岸水位の変動の模式図.jet-trappedロスビー波により黒潮続流域が変動し,さらにそれが沿岸波となり日本沿岸の水位にも影響する."shadow zone"と"active zone"はそれぞれ沿岸水位変動が小さい領域と大きい領域を示す.

大気や海洋の運動の本質を理解することは、複雑な過程が絡み合う気候変動の問題を解きほぐす有意義な仕事です。特に日本の周囲には、強い気流と海流があって、その運動の仕組みを理解することは重要です。

日本の南岸を流れる黒潮が房総半島付近で日本の沿岸から離れ、東向きに流れる海流を黒潮続流と呼び、この海流は世界でもっとも強い海流の一つです。またこの黒潮続流が流れる領域は、暖流である黒潮が南から運んできた熱を海から大気へと大量に放出する領域でもあります。この黒潮続流がどのようなメカニズムで変動しているかは海洋物理学上の重要な問題です。我々の研究では、黒潮続流の変動が風の変動により励起されるjet-trappedロスビー波(地球の回転により生じる波の一種)と呼ばれる波動で生じることを示しました(Sasaki et al. 2013)。またこの黒潮続流の変動が、日本沿岸の水位も変化させることを発見しました(図3;Sasaki et al. 2014)。現在、将来の地球温暖化に伴う沿岸水位の上昇が注目されていますが、この研究結果はその沿岸水位変化の予測のためには、将来の黒潮続流の変化の理解が重要であることを示しています。

本質を取りだすには、注目するメカニズムに焦点を当てたシンプルなモデルによる研究も有効です。こういうシンプルなモデルなら大学院生が独力で完成させることも、先輩が作ったモデルを大きく拡張することもできます。実際に、エルニーニョやインド洋ダイポールなど気候変動で重要な現象が生じる熱帯について、新しい理解を可能とする斬新な海洋モデルに修士論文で取り組んだ例もあります。世界に先駆けて新しい理解の枠組みを自分たちで作り、海外でも広く利用してもらうおうと思っています。

地域気候変動

黒潮上の降水の日周期変動

図4衛星降水観測から求めた、6月の午前11時と午後11時の平均降水量(カラー)。等値線は海面水温で、24度から27度で見える北から東への出っ張りは、黒潮が暖水を運んでいることを意味しており、黒潮が東シナ海で琉球諸島の西側に沿って、そして奄美大島と屋久島の間で東シナ海から太平洋に抜けていることも示している。この黒潮上で、午前11時に最大となる強い日周期の降水変動が存在している。連続したアニメーションを、ここをクリックすると見ることができます(新しいウインドウが開きます)。

北海道大学の地球物理学研究の歴史の中で、中谷宇吉郎博士の「雪」の研究は有名です。北海道は寒冷地のため、温帯や亜熱帯である日本の他の地域とは異なる特徴的な地域気象が見られます。寒冷地域気候学の研究はグローバルな気候を意識することにより、より発展性のある研究となる可能性を秘めています。

北海道から少し視野を広げて、この日本の気候の変動を特に海洋との関係で考えるのも面白い視点です。竹林(2013 修士論文)では、梅雨期の東シナ海の黒潮上に、日周期で降水変動が生じていることを発見しました(図4)。同様の日周期降水変動を、北大西洋のメキシコ湾流上でも発見し、この現象に普遍的な重要性があることも示しています。この研究は、さらに発展させて投稿論文としてまとめました(Minobe and Takebayashi, 2014)。

複合学際研究

海洋気候物理学研究室は中心となる大気や海洋の物理について他の科学分野(数理科学や生物地球化学)との融合研究も積極的に推進しています.

生物地球化学との融合研究の例として、われわれは海洋中の栄養素や酸素の大規模変動を世界ではじめて明らかにしようとしています。地球温暖化によって海洋表面が深層よりも温められるため、上下混合が弱まります。すると、光合成が行われる表面付近へ深層からの栄養素供給が減ります。海洋表層における栄養素は生物によって消費されてしまうため、継続的な栄養の供給なしには生態系が維持できません。したがって、地球温暖化による生態系の縮小が懸念されています。さらに、海洋における有機物の生産は、大気の二酸化炭素を海洋に取り込む働きを持つので、海洋の二酸化炭素吸収が減って地球温暖化が加速する可能性も指摘されています。われわれは長期にわたるデータを最大限に生かし、栄養素と密接に関係する海洋中の酸素の解析を行い、上記の仮説が確からしいかを国際共同研究として検証しています。

References

  • Minobe, S., 1997: A 50-70 year climatic oscillation over the North Pacific and North America. Geophysical Research Letters, 24, 683-686.
  • Minobe, S., 1999: Resonance in bidecadal and pentadecadal climate oscillations over the North Pacific: Role in climatic regime shifts. Geophysical Research Letters, 26, 855-858.
  • Minobe, S., A.Kuwano-Yoshida, N. Komori, S.-P.Xie, and R. J. Small, 2008: Influence of the Gulf Stream on the troposphere, Nature, 452, 206-209.
  • Minobe, S., M. Miyashita, A. Kuwano-Yoshida, H. Tokinaga, and S.-P. Xie, 2010: Atmospheric response to the Gulf Stream: Seasonal variations, Journal of Climate, 23, 3699-3719.
  • Minobe S., and S. Takebayashi, 2014: Diurnal precipitation and high cloud frequency variability over the Gulf Stream and over the Kuroshio. Climate Dynamics, submitted.
  • Sasaki, Y. N., S. Minobe, T. Asai, and M. Inatsu, 2012: Influence of the Kuroshio in the East China Sea on the early summer (Baiu) rain. Journal of Climate, 27, 6627-6645.
  • Sasaki, Y. N., S. Minobe and N. Schneider, 2013: Decadal response of the Kuroshio Extension jet to Rossby waves: Observation and thin-jet theory. Journal of Physical Oceanography, 43, 442-456.
  • Sasaki, Y. N., S. Minobe and Y. Miura, 2014: Decadal sea level variability along the coast of Japan in response to ocean circulation changes. Journal of Geophysical Research-Oceans, 119, doi:10.1002/2013JC009327.