何を目指しているのですか?
Translated from the English version by Prof. Hiroshi Kajihara, Hokkaido University
English version
コケムシのコロニーは小さな個虫が集まって構成されます(図1)。個々の個虫には環状に触手が生えており、これを用いてプランクトンを摂食しています。個虫の大きさは1mm以下ですが、コロニーはもっと大きくなります。多くのコケムシの個虫は硬い外骨格を持っているため化石として残りやすいです。コケムシ類の化石記録は、複雑な動物が現れ始めた5億年前にさかのぼります。このためコケムシ類は進化学の研究材料として有用です。
進化はランダムな歴史的事象に高く依存しています。例えば或る巨大隕石が6500万年前に地球に衝突したことは恐竜の絶滅を引き起こした(もしくは早めた)のは明らかです。もし5億年前に時間をさかのぼって、異なる歴史的事象の元で再試行したらどうなるでしょう?植物や動物は今日我々が眼にするものに似ているでしょうか?ヒトは進化したでしょうか?また、他の惑星ではどうでしょう―映画『アバター』に登場するナヴィが今日の人類と似ていることに必然性はあるのでしょうか?
コケムシ類はこれらの疑問に一部答えることが出来ます。8500万~9000万年前の化石記録から、この時期のコケムシ類は無防備で柔らかい前膜と呼ばれる部位を守るために前棘と呼ばれる構造を進化させたことが分かっています。後の時代、この棘は緩やかなかご状になり、最終的には融合して密な盾へと進化しました(図2)。無防備な段階をアナスカ、棘が生えてかご状になった段階をクリブリモルフ、棘が融合して盾になった段階をアスコフォラと呼びます。触手を翻出させるために必要である柔らかい膜が、硬い殻で覆われてしまったため、アスコフォラは前膜の機能を補うために新たに特殊な袋を進化させました。このような変化はあまりにも複雑なため過去に一度しか進化しなかったと考えられてきました。しかし最近私たちの研究室では、1200万年前から現れた現生のコケムシ類であるCauloramphus属において全く同じような変化が独自に起きていたことを明らかにしました。このことは、進化が歴史的状況とは無関係に複雑な構造を生じうることを意味しています。 
図1 コケムシの個虫 図2 化石から復元した8千5百万~9千万年前(白亜紀)
のコケムシの進化
C. ordinarius....................C. cheliferoides...............C. peltatus........................C. ascofer 
図3 現生コケムシCauloramphus属の個虫の進化(左から右へ).白亜紀に起きた進化が再現されている.画像は乾燥した現生種の標本の走査型電子顕微鏡写真.画像の横幅は約1mmに相当する.
どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?
もっとも大きな装置は研究船でしょう。これはコケムシを採集するためだけではなく、同時にそれらの生息環境や分布に関するデータの収集にも用いられます。図3の標本はアラスカのアリューシャン列島沖の水深100~300m、水温4~5°Cの地点から調査船シーストーム号(図4)によって採集されたものです。コケムシ類は小さいので、それらを可能な限り詳細に観察するためには電子顕微鏡(図5)を使います。標本を乾燥した後でそれらの表面を金のような重金属の薄膜で覆い、電子顕微鏡の真空容器中において観察することになります。金属で覆われた試料の表面で反射した電子が検出器で捕らえられます。

図4 調査船シーストーム号 図5 北海道大学にある電子顕微鏡

図6 北海道大学のDNA塩基配列解析機器

図7 図3で示された種の間の進化的関係
高度な解析のために、個々のコケムシのコロニーからDNAを抽出して特定の遺伝子の塩基配列を決定します。図6は私たちの研究室が北海道大学で使っているオートシーケンサーです。DNAシーケンスによって種の進化的な関係を調べたり、進化がどれくらい前に起きたかを調べることが出来ます。図7はチトクロームc酸化酵素サブユニットI遺伝子658塩基の配列に基づいて描かれたCauloramphus属の種(図3で表されています)の間の進化的な関係を表しています。Cauloramphus ordinariusとC. peltatusの間の遺伝的距離は18%であり、このことは図3で表された進化的変化が1千2百万年前に起きたことを示しています。
参考書
Dick MH, Lidgard S, Gordon DP, Mawatari SF (2009) The origin of ascophoran bryozoans was historically contingent but likely. Proceeding of the Royal Society B 276: 3141–3148
Dick MH, Mawatari SF, Sanner J, Grischenko AV (2010) Cribrimorph and other Cauloramphus species (Bryozoa: Cheilostomata) from the Northwestern Pacific. Zoological Science: in press.
Dick, MH, Hirose M, Mawatari SF (in review) Molecular distance and morphological divergence in Cauloramphus (Cheilostomata: Calloporidae). Proceedings of the 15th International Bryozoology Association Conference, Kiel, Germany, 1-8 August 2010.
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