口頭・ポスター発表

ここでは,特に大学院生を対象に,発表に必要ないくつかのポイントを紹介します.

何を売るのか

論文執筆の場合には,売りものはその論文自体であるといえるでしょう.すなわち,当該論文を一流の学術雑誌に受理され,印刷されて多数の読者を獲得できれば,現在一般的に認められている意味で成功した論文であると言えます. そのように成功した論文は,多数の引用がなされ,多くの研究者がさらに強い印象を受けます. では,口頭・ポスター発表では何を売るのでしょうか?口頭発表が良くとも,引用されることはありません.企業のプレゼンテーションの場合も同様で,プレゼンテーション自体が売り物となる場合は,非常に少ないでしょう. つまり売られるべきものは別にあり,研究の場合にそれは
です.例えば気候変動のように進歩が速く,競争の激しい世界では,投稿していないかぎり発表しないのが普通です.投稿前に口頭発表すれば,そのアイディアが他の研究者に利用されても文句は言えません. したがって,投稿された論文があって初めて,口頭発表が存在します.この場合,口頭発表は書かれた論文の宣伝としての役割を担います.つまり,投稿された論文に多数の読者をひきつけるための宣伝です. これが,プロの研究者としての口頭発表の位置付けといえるでしょう. なお,学会によっては,学会誌の投稿前に学会において発表して議論を深めることを原則としている場合もありますが,時代錯誤的であると思います. もちろんより競争の少ない分野では口頭発表してから,余裕を持って執筆できる場合もあるとは思いますが.

それでは,プロの研究者の卵といえる大学院生は,何を売りこむべきでしょうか.最大の売り物は,発表者自身です.博士の学位を取得すれば,いずれかの場所に研究者としての職を求めることになります. 首尾良く研究職を得るには,優秀な研究者であると,広く認識されていることが重要です.投稿論文が印刷されても,この学問細分化の時代には,専門がちょっと違う人には読んでもらえません. しかし,大学院生が自分を売りこむには,口頭・ポスター発表で自分を強く印象づけることが必要です.もちろん大学院生も,投稿論文の宣伝という形で口頭発表ができれば,それに 越したことはありません.その場合は既にプロとしての厳しいスケジュールで仕事が出来ているということですから,自分を売る上でも非常に有効です.しかし,実際にはなかなかそうはいかないですし,また卵であるわけですから必ずしもそうできなくても良いでしょう.

自分を売り込むには

ではどうしたら,自分を売りこむことができるのでしょうか?私は以下の3点が重要だと考えています.

研究内容の良さ

これについては,さほど説明を要しないでしょう.良い研究ができるということが,研究者として重要な要件であることは疑いありません.問題は,研究内容がよくても,後の2点を売れないのであれば,自分の売り込みにはならないということです.

研究内容に対する深い理解

大学院生の研究は通常指導教官が共同研究者になっています.この場合に理解が浅いと,良い研究であっても指導教官の力によるもので,学生自身の力ではないと思われます.例えば当然予期するべき質問に対して答えられない,などとなれば研究を十分に我が物としていない証左と取られます.そうならないためには,とにかく良く考えておくことが大事です.IBMの社是は,"Think"だったそうですが,研究者に必要なのは深く考えること"Think deep"です.大学院に在籍中は,そのために教官を徹底的に利用しましょう.

人間性

研究者として売りこむということは,どこかに研究者として採用されるということです.通常そのどこかの上級の研究者が採用権を握っていますので,採用された場合には採用した方と職場の同僚となるわけです.すると誰だって,イヤな奴には来て欲しくないですね.また,人間的に問題があってコミュニケーションがうまく取れない,と思われることも大きなマイナスです.コミュニケーションがうまくとれないと,本人が好きな研究なら力を発揮できても,チームの一員としては機能しない場合が多いのです.そして科学も多くの分野で,チームとして複雑な作業をこなすことが要求されるようになってきており,チームワークができないと思われると大きなプロジェクトを持つ可能性のある研究室からは敬遠されることになります.

質問の受け答え

質問を受けた場合に,どのような内容を答えるかと同様に,どのように答えるかが重要です.

これらのポイントを守ることによって,良く理解していることを印象づけられますし,また積極的な人間性を アピールすることができます.なお,質問に対して詰まって言葉を失うのは最悪です.その場にいる全員が 時間を無駄にしているとの思いを持ちます.したがって口頭発表では3秒,ポスターでは30秒以上の沈黙(えー とかあーとか言っているだけでも沈黙です)は厳禁です.私は自分が担当する大学院生が発表する場合の質問に 対しては,(1)間違った回答をするか,(2)止まってしまう,以外は助けません.5 秒とは言いませんけれど,その何倍か止まってしまった場合には,やむをえないのでその場で助けを出します.間違った 回答をした場合には,その後の質疑がどんどん間違った方向にいかないかぎり,その場では助けを出さずに, 後でその質問をした研究者に学生から説明させるか,私が説明しておきます.つまり止まってしまう方が問題が大きいのです.まずは,止まらないコトを心がけましょう.なお,質問にあからさまに間違うとまずいですけれど,はっきり正解でなくても,白・黒のつかないグレーゾーンに持ち込めれば,それなりにOKです.答えづらい質問も結構ありますから.

外見

どのような世界でも,暗黙に期待されている振る舞いがあります.それを大きく逸脱する場合は,そのような人であるとみなされます. 研究者の世界はラフな格好でも許されるので,学会発表であるといっても,背広を着る必要はありません(なお一部の教官には背広を着る方が なお受けが良いかもしれませんけれど).しかし例えば,金髪・スキンヘッド・皮ジャンバーなどは奨められません.ある大学院生が スキンヘッドと背広で国際学会で発表したことがありますけれど,アメリカの研究者の意見を含めて好意的な反応とは言えませんでした. もちろん,どうしてもそうしたい,そのために変な奴だから一緒には仕事をしたくないと思われてもいい,というならそれはそれでOKです.多くのことがそうであるように,自分が被る可能性のある 不利益を甘受するのであれば,個人の自由の範囲です.

謙譲は卑怯なり

謙譲を美徳とする日本で生まれ育つと,つい謙譲・卑下したくなります.例えば,お土産を持っていっても,「つまらないものですけれど.」というでしょう.しかし謙譲は科学では悪徳でしかありません.

例えば,「つまらない結果だが,」「ほんの初歩的な紹介だが,」などは,本人は卑下・謙遜のつもりで述べても,科学の世界では卑怯(unfair)です.「つまらない結果だが」ということは,「つまらない結果と断ったので,これから話す結果が本当につまらなくても怒ったりしないで欲しい」ということです.つまりこの謙譲ともとれる表現を聞き入れることで,聴衆は「つまらない」と非難する権利を失うのです.こういう発表に対して正しい応対は,「つまらない結果ですが,」と言われた段階で,「つまらないなら」時間の無駄だから発表を止めよう,と提案することです.また「ほんの初歩的な紹介」などと述べたら,「そういう卑怯なタワゴトは止めるか,発表自体を止めましょう」というべきです.

また上と共通しますけれど,自分の発表をnegativeに総括することは止めましょう.Negativeな情報を受け入れるのは,positiveな情報を受け入れるよりも誰にとっても苦痛です.謙譲と思ってnegativeに総括することは,positiveに総括すれば参加者がより理解しやすいであろう情報を,理解しづらくして参加者の負担を増やしているのです.自分は謙譲の美徳をわきまえているというポーズを取り,参加者には一層の負担を強いるのでは,やはり卑怯と言われてもしょうがありません.

もちろん謙譲の美徳は,人間づきあいの面では多いに発揮してください.ただし研究室のゼミや授業を含め,科学の仕事の場では厳禁です.

質問をしよう

学会等での発表は件数が限られることが多いものです.例えばAGUでは第一著者として発表できるのは通常1件です.したがって,その発表時間が自分を売り込む主たる時間です.しかし,質問をすれば,より多くの時間自分に注目を集めることができますし,的確な質問はその質問者の深い理解を他の参加者に深く印象づけることができます.大学院博士課程の院生は,学会等でどんどん質問をして自分を売りこむべきでしょう.良い質問をするにも修練が必要ですから,研究室のゼミ等でもどんどん質問をすることが望まれます.

質問のしかた

top heavyな質問

質問ではできるかぎり速く,問うべき疑問を述べることが必要です.「あなたは,これについてはこう言った.あれについてはああ言った.一方,...」と続いて,最後に質問を述べたり.一つ明らかに本質ではない確認の質問をして,その答えが出されて,次の本質であろうという質問がすぐ出てこない,というのではダメです.できるだけはじめの方に大事な情報を持ってくることをtop heavyの原則といいます.top heavy の原則は発表でも,質問でも,文章でも共通なものです.ただし,質問は会場にいる全員の時間を使っている(しかも発表と違ってスケジュールが組まれているわけではない)という点で,最もtop heavyに留意するべきです.

できるだけ本格の質問に先立つ確認の質問はしない方が望ましいですし,確認の質問をするならその答えが得られるやいなや本質問を出さなくてはなりません.慣れないうちは質問をメモしておくといいでしょう.私は英語で長めの質問を行う際は,メモしておきます.

卑怯な質問はしない

「...だと言っているのは分かるんだけれど...」と述べて,「私は理解できませんから,どうにかして下さい」というニュアンスを漂わせたりするのは,卑怯(アンフェア)です.なぜなら,質問者が何を欲しているかを明示するというコストを払わずに,それを得ようとしているからです.質問にこういった言外の意味を込めてはいけません.ウチの研究室でこういう質問をすると,「今のは卑怯な質問だ.」と言われます.

どこに座るか

私の経験では,前の座席に座ると理解しやすく,後ろの座席に座ると理解しづらいと思います.おそらくプレゼンテーションが自分の視野角に占める割合が大きいほど,脳が多くの刺激を受けるので理解が促進されるのでしょう.どうせ時間が拘束されるのであれば,よりよく理解した方が得です.また,よく理解すれば適切な質問をすることもできます.なお,発表者が右利きの場合,通常OHPの聴衆から見て右側に立ちます.そうすると右手にポインターを持って画面を指示する場合に,からだを聴衆により向いたままにすることができるからです.そのために,聴衆から見て右前方の席は発表者の体で隠されることがあります.したがってbestの席は,左前方です.


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