研究のキーワード解 説


遺伝子発現



DNAという化学物質からなる遺伝子が実際に機能を発揮するためにRNAに転写され、さらにはタンパク質に翻訳されること。生物は構成する細胞の種類や環 境によって、機能する遺伝子の発現パターンを変えてさまざまな生命活動を行っている。近年ではタンパク質に翻訳されないnoncoding RNAが多数存在して多くの生理機能を持つことが明らかになっている。



Amhr2Anti-Müllerian hormone receptor 2



抗ミュラー管ホルモン(Anti-Müllerian Hormone, AMH)の受容体をコードする遺伝子である。哺乳類の性決定の時期にオスでAMHを受容することによってミュラー管の退化を促すはたらきを持つ。成体では 主に卵巣の顆粒膜細胞と精巣のセルトリ細胞で発現している。Amhr2遺伝子の発現はそのプロモーター領域にSF1やWT1が結合することによって調節さ れるという報告がある。



Scd2Stearoyl CoA desaturase 2



Scdは脂肪酸の不飽和化を担う酵素をコードする遺伝子である。マウスでは19番染色体上に4つのScd遺伝子がクラスターを形成して存在しており、これ らがコードする4つのタンパク質は同じ酵素活性を持つものの、発現パターンがそれぞれ異なっている。このうちScd2は卵巣で最も高く発現していて、濾胞 成長や卵母細胞の成熟に関わることが報告されている。



エピジェネティクス



DNAの塩基配列の違いによらない遺伝子発現調節機構の総称。主にDNAメチル化とヒストン修飾があり、発生や分化、細胞のリプログラミングなどに重要で あるだけでなく、その異常が老化やがんを引き起こすと言われている。



エンハンサー



遺伝子の転写を著しく促進するDNAの塩基配列。遺伝子発現を活性化する調節タンパク質が結合し、DNAのルーピングなどによってプロモーターに作用して 転写を促進する。プロモーターから数十kbから数百kb離れた場所にあっても作用でき、遺伝子の上流・下流のほかイントロン領域に存在する場合もある。



クロマチン



DNAの長さ(約1.7m)は細胞核の大きさ(約6µm)に比べると非常に長く、核内に収めるにはDNAを非常にコンパクトに折りたたまなければならな い。そのためにDNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻きついて核内に収められており、このDNAとヒストンが結合した複合体をクロマチンと呼ぶ。クロ マチンの構造はただDNAを核内に収めやすくしているだけではなく、遺伝子発現やDNA複製の調節にも関与している。



偽遺伝子(pseudogene)



進化過程でもともとの機能を失った遺伝子のことである。古典的には、偽遺伝子はもはや発現しておらず意味のない配列であるとされていたが、近年の解析によ ると偽遺伝子の多くが転写されていて何らかの機能を持つことが明らかになってきている。そして、その機能は祖先遺伝子と違うことも多く、発現パターンも変 化していることが多い。偽遺伝子はunitary pseudogene、duplicated pseudogene、retrotransposed pseudogeneの3つに分類され、それぞれ、祖先遺伝子の変異の蓄積、祖先遺伝子の重複、祖先遺伝子の別な遺伝子座への挿入によって生まれる。当研 究室で解析しているヒトTCAM1P遺伝子はunitary pseudogeneである。



ゲノム



生物に固有な染色体の1セット。ゲノムにはその生物が合成するタンパク質や遺伝子発現を調節するためのすべての情報が載っており、1個体のすべての細胞は 基本的に同じゲノムを共有している。ゲノムの情報はATGC(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)の4つの塩基の配列で構成されており、細胞はこのゲ ノムから発現するタンパク質の組み合わせを変化させることにより、同じ遺伝情報を持ちながら異なった種類の細胞へと分化していく。



Conserved Noncoding SequenceCNS



CNSはゲノム上でタンパク質をコードしないが(エキソン以外で)種を超えて保存された配列のことであり、遺伝子の発現調節に関与する領域であるという報 告が多数なされている。当研究室では遺伝子発現調節領域の候補を同定するための指標の1つとして用いている。



CpGアイランド



一般的には、ゲノムDNAの中で全長が200bp以上、CG含有率が50%以上、含まれるCG配列数の実測頻度と予測頻度の比が0.6以上で定義される CG配列を多く含んだ領域である。哺乳類においてはこのCG配列中のC(シトシン)がDNAメチル化を受けることが知られており、現在ではCpGアイラン ドのDNAメチル化を介した遺伝子発現調節の例が多数報告されている。



生殖



生物個体が子孫をつくること。これにより生命は次世代へと受け継がれ、種が維持されている。生殖には分裂や出芽などで知られる無性生殖と、配偶子の接合に よる有性生殖がある。当研究室ではこの配偶子の形成に必須な生殖器官である卵巣と精巣で高い発現を示す遺伝子に注目し、その発現調節機構の解明を目指して いる。



性ホルモン



性ホルモンは脳下垂体や生殖腺から分泌され、生殖器官の成長と発達や配偶子形成などの調節に関与するホルモンの総称である。濾胞刺激ホルモン (Follicle Stimulating Hormone, FSH)、黄体形成ホルモン(Luteinizing Hormone, LH)などの糖タンパク質ホルモンや、アンドロゲン、エストロゲンなどのステロイドホルモンがあり、これらは生殖機能に関連する様々な遺伝子の発現を調節 している。



精子形成



雄性配偶子である精子を形成する過程であり、精巣の細精管の内部で進行する。精原細胞が減数分裂を開始し一次精母細胞になり、減数分裂第一分裂を経て二次 精母細胞に、第二分裂を経て精細胞にまで分裂し、その後、精子変態(完成)を経て精子へと分化する。生殖細胞は細精管内の体細胞であるセルトリ細胞と相互 作用しながら精子形成のプロセスを進んでいく。



精巣



精巣は雄性生殖器官であり、雄性ステロイドホルモンであるアンドロゲンの産生と精子形成という2つの重要な機能を持つ。精巣は細精管と呼ばれる細い管が集 まってできており、精子は細精管の内部で作られる。細精管の外側にはライディッヒ細胞と呼ばれる体細胞があり、アンドロゲン産生の場になっている。



胎盤



哺乳類の中でも真獣類のみが持つ器官で、母体と胎児の間で栄養およびガス交換を行うだけでなく、ホルモンや増殖因子などの合成も行う胎児の発達に必要不可 欠な内分泌器官である。その分化過程や機能発現の分子メカニズムはいまだに不明な点が多く、当研究室では胎盤におけるプロテアーゼ機能を探ろうとしてい る。



TesspTestis-specific serine protease



近年、マウスで発見された精巣特異的に発現するセリンプロテアーゼでTessp-1,Tessp -2, Tessp-3, Tessp-4の4種類が確認されている。減数分裂過程で4つのTesspの発現パターンや局在が少しずつ違うことや、in vitro精子形成系を用いた実験結果から、減数分裂各段階の進行に役割を持つ可能性がある。Tesspをコードする遺伝子はマウス以外にヒトやラットに も存在する。



DNAメチル化



脊椎動物においてCG配列中のC(シトシン)がメチル化される現象で、遺伝子を不活性化状態に保つ機構として知られる。X染色体の不活性化に関わる遺伝子 などゲノムインプリンティングを受ける多くの遺伝子の調節に関わっている。DNAメチル化の異常は細胞がん化を引き起こすため、正しいメチル化パターンの 確立と維持は生物にとって極めて重要な問題である。無脊椎動物や植物ではCG配列以外のCもメチル化される。



Tcam1Testicular cell adhesion molecule 1



成長ホルモン遺伝子の下流に存在する精巣特異的遺伝子である。マウスやラットでは細胞接着タンパク質をコードしておりヒトにおいては偽遺伝子化している。 ヒトTCAM1P遺伝子はマウスやラットと同様に精巣特 異的な発現を示すものの、その細胞特異性は異なっている。当研究室では、ヒトとマウスを使ってこの遺伝子を研究することで、遺伝子発現調節機構の進化や偽 遺伝子の発現調節について解明しようとしている。



dual promoter-enhancer



プロモーター活性とエンハンサーの両方をあわせ持つゲノム配列のことである。古典的には1つのゲノム配列は1つの機能を持つと考えられるが、実際には複数 の機能を持つ多機能性ゲノム配列が存在している。しかし、その生物学的意義は明らかになっていない部分が多く、さらなる研究が必要である。dual promoter-enhancerはこれまでニワトリで2例の報告があり、哺乳類では当研究室で初めて同定・解析して報告した。



転写



DNAを鋳型としてRNAポリメラーゼと複数の基本転写因子によってRNAが合成されること。転写は遺伝子がその機能を発現するための最初のステップであ り、転写を適切に調節することは生物にとって非常に重要である。哺乳類などの高等生物においては、基本転写因子のみで転写が調節されているケースはまれ で、転写調節の分子メカニズムは多くの場合極めて複雑である。



ヒストン修飾



酵母や哺乳類などの真核生物において主にコアヒストン尾部に起こる化学修飾のこと。メチル化、アセチル化、リン酸化、ユビキチン化などがあり、DNA修復 や有糸分裂、遺伝子発現調節など多くの生命現象で重要な役割を担っている。遺伝子発現調節においては、ヒストンH3, H4のアセチル化とH3K4のメチル化が転写促進に、H3K9, H3K27のメチル化は転写抑制に関わることが知られている。



プロテアーゼ



タンパク質分解酵素のことで、その生化学的性質からセリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、メタロプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼの4つ のグループに分類される。タンパク質や生理活性ペプチドを加水分解することによって、分子量のより小さいペプチドへと分解する。プロテアーゼは組織のリモ デリング、栄養吸収、創傷治癒、アポトーシスや骨形成といった生体内のさまざまな現象に関わっている。



プロモーター



RNAポリメラーゼや基本転写因子が結合して遺伝子の転写を開始するための塩基配列。一般的にプロモーターは遺伝子の転写開始点の上流約200- 300bpの配列で、TATA boxなどのコンセンサス配列が存在する場合も多い。



プロリルオリゴペプチダーゼ(prolyl oligopeptidase, POP



プロリン残基を認識してペプチド鎖を切断するという活性を持つセリンプロテアーゼ。学習と記憶、細胞分裂と分化、細胞内シグナル伝達など多くの生命現象で 機能を持つ重要な分子である。アルツハイマー病や躁鬱病の患者の脳やさまざまな種類の癌細胞でその発現量の異常が見られることから、これらの病気の原因遺 伝子の1つではないかとも言われている。



哺乳類



動物界脊索動物門脊椎動物亜門に分類される生物群である。カモノハシとハリモグラの単孔類、コアラ、カンガルーなどの有袋類、ヒト、マウス、ラットを含む 真獣類 の3つに分けられ、単孔類は卵生である。メスには乳腺があり、育時期には乳で子供を育てるのが特徴である。当研究室では実験動物として多くの利点を持つマ ウスを用いて解析を行っている。



マウス(Mus musculus



世界中で最も一般的に使われているモデル動物である。マウスは飼育が容易であり、ゲノム配列が解読されているためデータベースも充実している。また細胞株 が豊富で、遺伝子操作技術も確立されていることから、in vitroとin vivoの両方の実験を行うことができる。さらに、マウスは系統化が進んでいて多数の近交系が存在するため、個体差が少なく再現性に優れた実験が可能であ る。



卵巣



卵巣は雌性生殖器官で、卵細胞の維持と成熟のほか、エストロゲンとプロゲステロンの分泌を担っている。卵巣の状態は性周期によって変化し、FSHとLHに よって排卵が起こると黄体がエストロゲンとプロゲステロンを分泌して妊娠に備える。性周期の長さは動物によって異なり、マウスは4-5日、ヒトは約1ヵ 月、犬などは半年である。



long noncoding RNAlncRNA



lncRNAとは200塩基以上の長さを持つRNAで、明確なOpen Reading Frameを持たずタンパク質に翻訳されずにRNAのまま機能を発揮するものである。近年Hox遺伝子やインプリンティング遺伝子において、lncRNA による遺伝子発現調節の例が多数報告されて注目を集めている。






木 村グループのトップページ