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コオロギの行動が「習慣」になる:古典的条件付けでの“習慣形成”の発見

行動神経生物学系の水波誠教授らの研究チームは、動物の連合学習に関する新たな知見を見出し、生物学分野のトップジャーナルの1つであるProceedings of the Royal Society Bに発表しました。以下、水波教授による解説です。

 

私たちは、ある動作や行動を日常的に繰り返し行うと、その行動が無意識のうちに起こるようになることを経験します。ラットやマウスでも同様なことが起こります(注1)。ヒトや動物の脳には「反復して起こる行動を自動化、習慣化するしくみがある」と考えられています。しかし行動の習慣化には「行動の繰り返し」が必須なのでしょうか?今回、同じ感覚経験が繰り返されると、それに対する反応が自動化、習慣化してくることが、コオロギを用いた研究により、初めて検証されました。

水波誠教授らのチームは、昆虫を材料として、古典的条件付け(注2)の基本メカニズムについて研究しています(図を参照)。3日間絶水したコオロギに、匂いと水(報酬)との古典的条件付けの訓練を行うと、匂いへの条件反応を示すようになります。しかしテストの前に水を十分に飲ませると、学習した匂いへの条件反応は起こりませんでした。ところが条件付け訓練を3日間繰り返すと、水を十分に飲ませたコオロギでも、学習した匂いに対する条件反応が起こりました。これは水が欲しくない状態でも、水と条件づけられた匂いへの反応が自動的、習慣的に起こるようになったことを示しています。

さらに、オクトパミン(注3)と呼ばれる生体アミンを伝達物質とするニューロンが、この行動自動化に関わることが明らかになりました。これまで私たちは、オクトパミンニューロンは水(報酬)の情報をコードすること、また匂いへの条件反応の遂行にはオクトパミンニューロンの活性化が必要であることを明らかにしていました。ところが今回、条件付け訓練を繰り返すとオクトパミンニューロンの活性化がなくても匂いへの条件反応が起こるようになることが、薬理学的な実験により明らかになりました。本研究は、古典的条件付け訓練の繰り返しにより条件反応の自動化が起こることを初めて明らかにし、またその変化をもたらすニューロン機構を初めて明らかにしたものです。

ヒトにおいても、感覚経験や社会経験を繰り返すとその体験への反応様式がパターン化、習慣化するとの報告があります。そのような行動変化は「行動を繰り返すとその行動が自動化する」という従来の学習理論では説明できないと考えられます。今回コオロギで発見された「感覚経験を繰り返すとそれに対応する行動が自動化、習慣化してくる」という現象は、昆虫のみならずヒトにも当てはまる普遍的な現象である可能性があり、今後の研究の進展が待たれます。

 

注1:ラットやマウスがレバーを押すと餌がもらえることを学習するオペラント条件付けでは、短期間の訓練後には餌を十分に与えるとレバー押しをしなくなるが、訓練を過剰に繰り返すと餌を十分に与えてもレバーを押し続けるようになる。

注2:パブロフ型条件付けとも呼ばれる。例えば犬に餌を与える前に音を聞かせると、音と餌とを連合させて学習し、音を聞いただけで唾液を分泌するようになること。この時、餌を無条件刺激、音を条件刺激、音に対する唾液分泌を条件反応と言う。

注3:コオロギにおいてはオクトパミンニューロンが、哺乳類においては中脳のドーパミンニューロンが報酬の情報を運ぶことが知られている。

 

図:コオロギの匂いと水の条件付け訓練(A)及び匂い嗜好性性テスト(B)の方法。訓練には注射器を用いた。3日間絶水させたコオロギに匂いを嗅がせた3秒後に1滴の水を口につけた。テストでは、テスト室の床に条件づけした匂いとコントロールの匂いの2つを同時に提示し、2つの匂い源をコオロギが探索した時間の比を持って匂い嗜好性を表した。訓練前と訓練後にテストを行い、条件付けによる匂い嗜好性の変化について評価した。

 

発表論文:Mizunami M., Hirohata S., Sato A., Arai R., Terao K., Sato M. and Matsumoto Y. (2019) Development of behavioral automaticity by extended Pavlovian training in an insect. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 286: 2018132. (https://doi.org/10.1098/rspb.2018.2132

 

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