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7. シャコガイ殻に残された台風の痕跡 ~新たに発見 過去の台風の復元指標~

本研究成果は、米国東部時間2018 年4月19日(木)にJournal of Geophysical Research ‒ Biogeosciences 誌にオンライン公開されました。

研究論文名:Geochemical and microstructural signals in giant clam Tridacna maxima recorded typhoon events at Okinotori Island, Japan(シラナミガイの地球化学・成長線シグナルは沖ノ鳥島での台風イベントを記録していた) 著者:駒越太郎1, 3、渡邊 剛1, 3、白井厚太朗2、山崎敦子1, 3、植松光夫21 北海道大学,2 東京大学大気海洋研究所,3NPO法人喜界島サンゴ礁科学研究所)    

 

研究成果の概要

近年、地球温暖化に伴い台風をはじめとした大型の熱帯低気圧の増加が危惧されています。今後の熱帯低気圧の発生頻度を予測するには、現在よりも温暖だった時代の熱帯低気圧の発生頻度を調べることが重要です。

大型の二枚貝であるシャコガイは成長が早く、殻は時間的に高い精度で古環境について調べられる指標として注目されています。日本に接近する台風の通り道である沖ノ鳥島でシャコガイの殻を調べたところ、台風通過時に殻の化学組成、成長線幅の変化が生じることを発見しました。本研究の成果は、シャコガイ殻から過去の台風をこれまでにない高い時間的制度で復元できる可能性を示唆しています。

 

論文発表の概要

 

【背景】

地球温暖化に伴い、台風をはじめとした大型の熱帯低気圧の発生頻度が高まることが危惧されています。地球には過去にも温暖な時代があったため、今後の熱帯低気圧の発生頻度を予測するためには、現在より温暖だった時代の熱帯低気圧の頻度を調べることが重要です。しかし、過去の熱帯低気圧の古環境記録は古文書や堆積物などによるものが主であり、古文書がない時代ではその発生時期まで復元することは困難でした。

熱帯・亜熱帯にかけて生息し、最長で100年以上の寿命を持つ二枚貝であるシャコガイは、体内に褐虫藻*1を共生させることで、光合成による栄養分で成長することができます。その殻には昼夜のリズムに対応し、数十マイクロメートル間隔で一日一本の成長線、日輪*2が形成されます(図1)。本研究では、沖ノ鳥島で台風を経験したシャコガイの殻を用いて、台風通過時に殻の化学組成や成長線幅の変化が台風の痕跡として残されているかを精査しました。

 

【研究手法】

日本最南端の沖ノ鳥島からシャコガイ(シラナミガイ Tridacna maxima)を採取し、殻の酸素安定同位体比*3、バリウム*4/カルシウム比の分析、成長線幅を計測しました。沖ノ鳥島は概要の孤島であり、陸や人為起源の影響がほとんどない環境と考えられます。さらに、日本に接近する台風の通り道となっているため、台風の影響を捉えやすい地点でもあります(図2)。

 

【研究成果】

検証の結果、シャコガイ殻の日輪を数えることで化学分析結果に正確な日時を対応させることができました(図3)。これにより、海洋の観測記録とシャコガイの化学分析結果の精密な比較が可能となります。さらに、沖ノ鳥島を台風が通過するタイミングに合わせて、シャコガイ殻の成長浅の幅が減少し、バリウム/カルシウム比のピーク、酸素同位体比の増加が同時に生じていたことが明らかになりました(図4)。これらのシャコガイ殻のシグナルは台風によるストレスで成長が遅くなったこと、台風に伴った湧昇流(真相から表層に海水が沸き上がる現象)で海域にバリウムが供給されたこと、台風による海水温の低下を反映したものと考えられます。

 

【今後への期待】

本研究は、シャコガイが台風を経験することで殻に残される特徴的なシグナルを明らかにしました。シャコガイ殻は化石となっても保存性がよいため、化石試料に応用することで、人類による記録のない時代の台風を今までにない精度に復元することが期待できます。

図1 沖ノ鳥島で採取されたシャコガイ(シラナミ Tridacna maxima)殻試料
(a) シャコガイ殻を最大成長軸に沿って切断し、切片を作成した。
(b) 殻の2毎の切片。
(c) 化学分析に用いた切片。
(d) 成長線解析に用いた切片。(c)とは反対側の面なので、成長線を数えることで化学分析の結果と日付を対応させることができる。

 

図2 沖ノ鳥島と台風の経路
沖ノ鳥島は日本に接近する台風の通過地点となっており、1993年から1998年に発生した157個の台風のうち45個が沖ノ鳥島の500km(大型台風の半径)圏内を通過している。

 

図3 シャコガイ殻の化学分析・成長線解析の結果と海洋観測記録の比較
シャコガイ殻の
(a) バリウム/カルシウム比、(b) 成長線幅、(c) 炭素同位体比、(d) 酸素同位体比、
(e) 沖ノ鳥島の実測水温、グラフ上の黒丸・灰色丸は台風の通過日を示す
(f) 外向き長波放射は値が小さいほど積乱雲の発達を示す
(g) 衛星観測による海洋のクロロフィル濃度

 

図4 図3の台風時期の拡大図
 沖ノ鳥島を台風が通過した時(下側のグラフの黒丸・城丸に相当)、シャコガイ殻の成長線幅が減少し、バリウム/カルシウム比のピーク(ピンクの帯部分)、酸素同位体比の増加が同時に生じており、これらのシグナルが台風の痕跡として利用できる可能性が示唆された。

 

【用語解説】

*1 褐虫藻 海産無脊椎動物と共生する渦鞭毛藻類の単細胞藻類。シャコガイは褐虫藻を体内に共生させ、光合成産物や藻類自体をエネルギーとして利用できる。

*2 日輪 シャコガイは昼と夜で貝殻の成長速度が異なるため、1日ごとに殻に縞模様が形成される。

*3 酸素安定同位体比 酸素には質量数16、17、18の3種類の原子(安定同位体)が存在する。二枚貝やサンゴなどの炭酸カルシウム骨格は、質量数16の酸素原子に対する質量数18の酸素原子の割合(酸素同位体比)が骨格形成時の水温や海水の酸素同位体比(塩分)に依存することが知られている。そのため、過去の二枚貝等の炭酸カルシウム骨格を調べることで、当時の水温や海水の酸素同位体比を調べることができる。

*4 バリウム 海洋ではバリウムは表層よりも真相に多く存在し、真相では栄養塩と類似した分布をとる。真相のバリウムは海水が深層から表層に沸き上がる現象(湧昇流)で運ばれる。