葉緑体の多様性と細胞内共生

 渦鞭毛藻が他の光合成生物と異なる点は,葉緑体に見られる多様性にある.同じグループでは類似の葉緑体の微細構造と光合成色素組成をもつことが“常識”であるが,渦鞭毛藻類では葉緑体にかなりの多様性が見られるのである.さらに,渦鞭毛藻類は光合成生物として紹介されることが多いが,実は葉緑体をもつ種類は全体のおよそ半数であり,残りの半数は従属栄養的な生活を行う種類であるという点も理解しておく必要がある(この従属栄養種の栄養摂取様式は非常に多様で,それに関してはGains and Elbraechter(1987)を参照されたい).この渦鞭毛藻の葉緑体の多様性は葉緑体の起源である細胞内共生体の多様性に由来するものと考えられる.渦鞭毛藻の場合,緑色植物などのように直接細胞質中に浮遊する葉緑体をもつ場合も多いが,光顕レベルでは普通の葉緑体をもっているように見えても電子顕微鏡で調べてみると葉緑体の起源生物である取り込まれた光合成生物の痕跡(あるいはほとんど丸ごとそのまま)を確認できる例も少なからず知られている.このようにもともと別個の生物が一体となって一個の生命体を形成している進化段階をevolutionary chimaera(進化共生体(原1995))と呼ぶが,本稿では渦鞭毛藻類に見られる進化共生体および初期の細胞内共生体獲得段階,さらに完成された葉緑体について具体例を挙げつつ見ていくことにする(渦鞭毛藻類の細胞内共生に関する総説にはLarsen 1992, Schnepf 1992がある).また,ここではDodge(1989)に従い,主要な光合成補助色素名によってそれぞれのタイプの葉緑体をもつ種類を呼ぶことにする.

{渦鞭毛藻+珪藻類}の場合(フコキサンチン種)


 真核+真核の二次共生が実際に起こりうるものであることを如実に我々に示してくれるのがこのタイプの葉緑体をもつ渦鞭毛藻である.Peridinium quinquecorne Abe (Horiguchi and Pienaar 1992)は,上図に示すように細胞周辺に円盤状の葉緑体を10〜20個もつごく一般的な光合成性の渦鞭毛藻のように見える.ところがこの細胞を電子顕微鏡で観察すると細胞の中には渦鞭毛藻核の隣にいわゆるごく普通の真核が存在することがわかる).しかもこの2つの核を隔てるように1枚の膜が存在し,その膜はすべての葉緑体を通常の真核の側に囲い込むように存在している.つまり本種の細胞質には別の真核細胞が入れこ状態になっており,両者を隔てるこの1枚の膜は取り込まれた生物の細胞膜と考えられる.この細胞内共生体の細胞質には葉緑体,核の他にミトコンドリア,リボソームが観察されるが,その他のオルガネラは見られない.宿主である渦鞭毛藻と共生体の関係はかなり進んでおり,もはやこの両者を別々の生物として分離することは不可能である.同様な例はPeridinium foliaceum (Stein) Biecheler(Jeffrey and Vesk 1976, Dodge 1983),Peridinium balticum (Levander) Lemmermann(Tomas and Cox 1973),Gymnodinium quadrilobatum Horiguchi et Pienaar(Horiguchi and Pienaar 1994b), Dinothrix paradoxa Pascher(Horiguchi and Chihara 1993), Peridinium sp.(Horiguchi and Pienaar1993)でも知られており,Peridinium balticumでは共生体の核も宿主の核と同調して(無糸分裂的に)分裂することも示されている(Tippit and Picett-Heaps 1976).これら6種の細胞内共生体はその色素組成(クロロフィルa,cとフコキサンチンを含む),葉緑体の微細構造の特徴(4重の包膜に囲まれる,レンズ型の内生型ピレノイドなど)から珪藻類であろうと考えられている.共生体の核に関しては,その生化学的性質などは調べられているが(Kite et al. 1998, Whitten and Hayhome 1986),遺伝子構成などについての研究はほとんどない.最近,Chesnickら(1996)は,Peridniium foliaceumの共生藻の葉緑体DNAのルビスコの塩基配列を解析し,系統解析をおこなった。その結果,上述のようにP.foliaceumの共生藻は珪藻類であることが示された。


上段左から順に,Peridinium foliaceum, Peridinium quinquecorne, Gymnodinium quadrilobatum, 下段左から順に,Peridinium balticum, Peridinium sp., Dinothrix pardoxa

{渦鞭毛藻+クリプト藻}の場合(フィコビリン種)

 フィコビリンタイプの葉緑体は系統的にはかなり異なると考えられる2つの分類群,ギムノディニウム目(Farmer and Roberts 1990, Horiguchi and Pienaar 1992, Hu et al. 1980, Larsen 1988, Schnepf and Mollenhauer 1989, Wilcox and Wedemayer 1984, Wilcox and Wedemayer 1985)とディノフィシス目(Hallegraeff and Lucas 1988, Schnepf and Elbraechter 1988)の渦鞭毛藻に見られる.フィコビリンは紅藻類,ランソウ類,クリプト藻類に見られる補助色素であるが,渦鞭毛藻との進化共生体のパートナーはいずれの場合も葉緑体のチラコイド表面にはフィコビリソームは観察されずフィコビリンはチラコイド内腔に存在すると考えられることから,すべてクリプト藻(あるいはクリプト藻様生物)であると考えられる.

Amphidinium latum 右と左の”葉緑体”の色が異なることに注意。

筆者等が南アフリカのインド洋岸の砂浜で発見したAmphidinium latum Lebour(Horiguchi and Pienaar 1992)は,オーストラリアの砂浜で発見されたAmphidinium poecilochroum Larsen(Larsen 1988)とともに,細胞内共生確立の初期段階を示す例として興味深い.A. latumを最初に発見したときの驚きは,1個の細胞の右と左で葉緑体の色調が全く異なるという“常識”では考えられない現象を目撃したことによる(図4).幸い多数の細胞が自然のサンプルから得られたので電子顕微鏡用の固定を行うことが可能であった.その結果,異なる色調の違いは1個の細胞の中に異なる種類のクリプト藻が存在することに由来することが明らかになった(図9).この取り込まれている細胞がクリプト藻類であることはチラコイドの形状やヌクレオモルフの存在から明らかである.この例の場合は右と左ではピレノイドの構造やヌクレオモルフの位置が異なることからそれぞれ別属のクリプト藻類が取り込まれていることがわかる.本藻を単離しても1〜2週間にわたって生存はするものの分裂はおこなわない.ここに別に培養していたクリプト藻の一種を加えると,ものの数秒のうちにクリプト藻を鞭毛孔のあたりで捕らえ,細胞内に取り込むという現象が観察される.クリプト藻と一緒に培養する限り本藻は順調に分裂・増殖する.ところで,本種はクリプト藻であれば種類にかかわらず取り込むようであるが,その他の生物は取り込まない.また,取り込まれたクリプト藻の細胞は究極的には消化されるようであるが,少なくとも何日かは細胞は活性な状態で生き延びていると考えられる.このことは渦鞭毛藻の細胞内でしばしば分裂したヌクレオモルフや葉緑体が電子顕微鏡で観察されることからも支持される(Horiguchi and Pienaar 1992).この渦鞭毛藻とクリプト藻の進化共生体はフコキサンチン種の例のように永久的なパートナーシップの段階まではいたっておらず,渦鞭毛藻は定期的にクリプト藻の細胞を取り込む必要がある.しかしながら,渦鞭毛藻の側には特異的にクリプト藻を認識するなんらかの機構が発達しており,さらにただ単に餌としてすぐに消化してしまうのではなく,何日かは活性な状態を保たせることによりおそらく光合成産物を利用するといったことも行っていると考えられる.このような状態は細胞内共生体が確立されるごく初期の段階を我々の目の前に展開してくれている例として興味深いものである.同様な現象は,淡水の渦鞭毛藻でランソウ色をした渦鞭毛藻として以前から知られていたGymnodinium aeruginosum Stein(=Gymnodinium acidotum Nygaard)においても見られ(Fields and Rhodes 1991),基本的には同様の進化段階であることが明らかとなっている.いずれにしろ,このような現象がギムノディニウム目の種類にのみ見られることは興味深い.  同じく,フィコビリンタイプの葉緑体をもつディノフィシス目のDinophysis spp.(下図)の場合はかなり状況は異なっている.まず,葉緑体は直接,細胞質中に浮遊する独立した葉緑体であって,そのまわりに葉緑体の由来(細胞内共生体の存在)を示すような細胞の痕跡などは一切見られない.確かに,葉緑体のチラコイドはクリプト藻類のそれと同様,おそらくフィコビリンをその内腔に含む幅広いタイプであるが,前の例とは異なりヌクレオモルフといったクリプト藻に由来することを示す明確な証拠は何一つない.さらに,葉緑体そのものも一次共生で葉緑体を獲得したと考えられる緑藻類や紅藻類のように2重の包膜で囲まれており(Lucas and Vesk 1990),この葉緑体が真核+真核の二次共生によってもたらされたものかどうかも明らかではない.Dinophysisの仲間は,未だかつて誰も長期間にわたって培養に成功した者はおらず,この葉緑体がどの程度機能しているのか,本当にオルガネラとして確立されているのか,あるいは見かけは異なるが前の例と同じようにDinophysisがクリプト藻の葉緑体を取り込んで細胞内に置いているだけなのか(このように細胞の中身だけを取り込む栄養摂取様式をmyzocytosisと呼び,そのようにして取り込まれた葉緑体をcleptochloroplast(Schnepf 1992)と呼ぶ)に関しては未だに謎である.しかしながら,もしこの葉緑体が真の葉緑体であり,一次共生に由来するとなればDinophysis spp.は渦鞭毛藻における葉緑体の由来を考える上での重要な生物群として位置づけられることは間違いない(Cavalier-Smith 1992).

Dinophysis fortii

{渦鞭毛藻+緑藻類}の場合(クロロフィルb種)


写真提供:渡辺 信 Lepidodinium viride

 国立環境研究所の渡辺らによって報告された緑色の渦鞭毛藻で(Watanabe et al. 1987),Lepidodinium viride Watanabe et al.と命名された種類はかなり進んだ進化段階の進化共生体の例の一つである.葉緑体そのものは2重の包膜に囲まれているがその外側に細胞質の領域があり,その部分は2重の膜によって渦鞭毛藻の細胞質とは隔てられている.共生体側の細胞質には小さな球状の構造があり,これはごく縮小したヌクレオモルフであるという意見もある(Schnepf 1992)が,その中にDNAが存在するか否かなどについてはわかっていない.共生体の葉緑体の色素組成などから共生体は緑藻類のプラシノ藻類ではないかと考えられている(Watanabe et al. 1991).   
 つい最近,Elbraechter and Schnepf (1996)は新しい,”緑色”の渦鞭毛藻の一種Gymnodinium chlrorophorumを発見した。外見的にはLepidodinium virideに似るが,細胞鱗片はもっておらず,微細構造なども異なっている。
 また,東南アジアに生息するヤコウチュウNoctilucaでは細胞内の液胞中に緑色の鞭毛藻Pedinomonas noctilucae Sweeneyを多数保持している.面白いことに細胞内のPedinomonasは液胞中を自由に泳ぎまわっているという(Sweeney 1976).栄養実験からはこの緑色の鞭毛藻の光合成産物はヤコウチュウの生長をささえていることが示されている(Sweeney 1971).しかしながら,Pedinomonasの細胞はやがては消化されることから,この共生関係は未だ安定な状態にまで至ってはいないことがわかる.

典型的な渦鞭毛藻の葉緑体(ペリディニン種)

 以上,いくつか渦鞭毛藻類における進化共生体あるいはその初期段階の例を挙げてきたが,それぞれのタイプの葉緑体/細胞内共生体をもつ種類の数は今の所知られている限りでは,せいぜい数種類〜数十種類であって,決して多数派ではない.一方,ここに挙げるタイプの葉緑体をもつ渦鞭毛藻は圧倒的に多く,教科書にも渦鞭毛藻類はこのタイプの葉緑体をもつと紹介がされている.葉緑体は3重の包膜に囲まれ,3重チラコイドラメラをもつ.光合成色素はChl.a,cおよび主要なキサントフィルとしてペリディニン(peridinin)をもつ.このペリディニンは現生の生物においては渦鞭毛藻類以外では見つかっていない色素であるため,この葉緑体の由来を特定することは難しい.葉緑体が2重膜ではなく3重膜に囲まれることから(ミドリムシと同じように)この葉緑体は真核+真核の二次共生によってもたらされたものと考える研究者が多いが,真核+原核の一次共生に起源するという見解もある(Cavalier-Smith 1992).最近,ペリディニンをもつ渦鞭毛藻の一種(Gonyaulax)のRuBisCOの遺伝子は一般の真核光合成生物に見られるFormIタイプのものとは異なりプロテオバクテリアでのみ見つかっているFormIIタイプのRuBisCOをもつことが示された(Morse et al. 1995).さらにこの遺伝子は葉緑体ではなく核にコードされているという.これらの事実はこの葉緑体が単純な二次共生によって真核光合成生物から直接もたらされたのではないことを示している.まだ,結論的な事が示せる段階ではないが,今後このような証拠が蓄積されてくることによってペリディニンタイプの葉緑体の起源も徐々に明らかにされてくるであろう.

その他のタイプの葉緑体

Gymnodinium mikimotoi 本種もおそらくここで述べるタイプの葉緑体をもっていると考えられる。

 細胞質中に葉緑体が直接浮遊しているタイプの葉緑体では,その色素組成が上のどのタイプとも異なる種類も知られている.それらは主にギムノディニウム目のGymnodinium/Gyrodiniumに見られ,クロロフィルa,cと主な補助色素として19'-ヘキサノイロキシフコキサンチンをもつ(ペリディニンはもたない)(Tangen and Bjornland 1981).葉緑体の包膜は3重であるという報告もあるが(Kite and Dodge 1988),固定が難しい種類が多くまだ確定的なことはわかっていない.興味深いことに,このタイプの渦鞭毛藻はFormIIのRuBisCOをもたないという(Morse et al. 1995).この補助色素がハプト藻で見つかっていることから葉緑体の起源生物はハプト藻ではないかとの見解も出されている(Loeblich 1984)が,葉緑体DNAの存在様式などが異なるために必ずしもこの見解が支持されているわけではない(Kite and Dodge 1985).いずれにしろ,このタイプの葉緑体についてもペリディニンタイプ同様その起源の特定は今後の課題である.

その他の共生現象

 この他にも渦鞭毛藻類には興味深い共生の例が知られている.それは外洋性のディノフィシス目の仲間に見られる細胞外共生である(Hallegraeff and Jeffrey 1984).OrnithocercusやHistioneis(下図)といった種類には横溝の前後に付属する翼片を極端に発達させ(これはもともと細胞を沈みにくくするという意義があるのであろうが),その空間に単細胞のランソウ類(SynecococcusやSynecocystis)を“飼育”しているものがある.実際両者の間でどのような栄養のやりとりがあるのかなどはわかっていないが,外洋という貧栄養の海域での一つの適応の形として興味深い.

写真提供:井上 勲(筑波大学) Histioneis mitchellana Murr. et Whitt.

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