タイドプールの渦鞭毛藻類


  岩場の海岸では潮の引いた後に,岩のくぼみに海水が取り残されて大小さまざまな海水の“池”ができる。このような“池”はタイドプールあるいは潮溜まりと呼ばれる。タイドプールはその高さによって環境条件が著しく異なるのが特徴である。海面に近い低い場所のタイドプールは海水に浸かっている時間が長いであろうし,高い場所にあるタイドプールは大潮の時だけ海水が浸入し,それ以外の大部分の時間は海からは孤立しているであろう。雨が降れば海水の塩濃度は低くなるであろうし,好天が続けば水は蒸発して塩分濃度は高くなる。また真夏には,その水温は40℃近くになることも珍しくない。そのような特殊で過酷な環境をもつタイドプールにもいろいろな生物が生育している。


三浦半島荒崎海岸。岩のくぼみには大小のタイドプールが見られる。海面からの高さによって環境はずいぶん異なってくる。

 夏の暑い日にそのようなタイドプールを訪れてみると,ちょうど蚊柱か雲のように緑褐色〜褐色のモヤモヤしたものがプールの中に広がっているのが見えることがある(下図)。極端な場合にはタイドプール全体が褐色に染まっている場合すらある。この褐色の正体は,多くの場合は渦鞭毛藻が大量に繁殖したために水の色が渦鞭毛藻の色に染まって見えることによる。実際,そのような水をビニール袋に取って太陽にかざしてみよう。細かい無数の褐色の点が見えるであろう。その点ひとつひとつが渦鞭毛藻の細胞なのである。

タイドプールでの渦鞭毛藻のブルーム。

 タイドプールでこのように多量繁殖し,赤潮状態を形成できる種類は限られている。日本では次の5種が確認されている:Scrippsiella hexapraecingula, S. gregaria, Gymnodinium pyrenoidosum, Alexandrium hiranoi, Dinothrix paradoxa

ペリディニウム目 Peridiniales
カルキオディネラ科 Calciodinellaceae
スクリップシエラ属 Scrippsiella
Scrippsiella hexapraecingula
Horiguchi et Chihara


 典型的な渦鞭毛藻の形態をしており,細胞は横溝によって上殻と下殻に分けられている。上殻は円錐形,下殻は半球形を示す。葉緑体は1個で褐色,中心のピレノイドから放射状にいくつかの腕状部が伸びる。細胞の後端には大きな核が存在する。鎧板配列はPo, x, 4', 3a, 6", 6c, 5s, 5"', 2""である。 
 本種は光や海水の干満のリズムに合わせた生活をしており,タイドプールという環境によく適応している。日中,潮が引いてタイドプールが露出している間は大量の細胞が活発に泳ぎ,水面近くで太陽の光を充分浴びて光合成をおこなう。午後になって潮が満ちてくると今まで泳いでいた細胞は一斉にタイドプールの底へ向かう。この鉛直移動は実際に海水がタイドプールに流れ込む1〜2時間前に開始されることから,この渦鞭毛藻は潮のリズムをなんらかの形で認識しているらしい。プールの底にたどりついた細胞は,その先端から短い寒天質の柄を出し,それによって岩の上などにしっかりと固着する。こうすれば潮が満ちてきても外界に流し出されることはない。細胞分裂は夜間,この不動細胞の状態でおこなわれる。そして翌朝,潮が引き,光がタイドプールに差し込んで来ると分裂した細胞は一斉に親の細胞から放出され,再び活発に泳ぎ回る。このような日周運動は水温が20℃以上になる季節に見られることから冬期にはずっと不動細胞のままタイドプールの底で過ごしているらしい。

Scrippsiella gregaria (Lombard et Capon) Loeblich, Schmidt et Scherley

Scrippsiella gregaria

 本種もS.hexapraecingulaと同様タイドプールで大量に繁殖し水を変色させる。世界的にも最も分布の広い種類である。タイドプールでの行動を見ると顕微鏡を使わなくとも本種か否かの判定ができる。それは本種の遊泳細胞がたくさん集まって寒天質に包まれた雲のような塊を作るからで,水面にふわふわとした茶色の塊が浮いていれば本種とみてまず間違いない。高い位置にあるタイドプールによく出現する。
 細胞はほぼ球形であるが,正面からみるとやや五角形にも見えることもある。放射状の葉緑体を多数持つ。細胞の後端に核をもつ。鎧板配列はPo, x, 4', 3a, 7", 6c, 4s, 5"', 2""である。特に2aの鎧板と3aの鎧板が離れている点が本種の特徴である。本種の生活様式は前掲のS. hexapraecingulaとほぼ同じである。

ゴニオラックス目 Gonyaulacales
ゴニオドマ科 CGoniodomaceae
アレクサンドリウム属 Alexandrium
Alexandrium hiranoi
Kita et Fukuyo

Alexandrium hiranoi

 本種は我が国では太平洋岸の限られた地域でのみ見つかっている。細胞はほぼ球形でほぼ同じ大きさの上殻と下殻からなる。鎧板配列はPo, 4', 0a, 6", 6c, 7s, 6"', 1p, 2"" 葉緑体は棍棒状で放射状に配列,核はC字型で細胞のほぼ中央に位置する。タイドプールにおける行動は前2種とほぼ同じである。ただし,細胞が遊泳相から不動相に移行した直後にecdysisをおこない,鎧板を脱ぎ捨てるという特徴をもつ。また一晩のうちに分裂が二回起こり,翌朝4細胞の遊走細胞が放出されることもある。本種の有性生殖は喜多と福代によって報告されている。

ギムノディニウム目 Gymnodiniales
ギムノディニウム科 Gymnodiniaceae
ギムノディニウム属 Gymnodinium
Gymnodinium pyrenoidosum
Horiguchi et Chihara


 本種も比較的広い分布範囲をもつ種である。細胞は前2種のように鎧板というセルロース質の板で被われていないのが特徴である。
 細胞のほぼ中央にデンプンで囲まれたピレノイドがありそこから放射状に葉緑体が伸びる。核は細胞後端に位置する。縦溝の部分に赤くて大きな眼点が存在する。眼点は光の受容に関係する構造である。本種の生活様式も基本的に前2種と同様である。

糸状渦鞭毛藻目 Dinotricales
ディノクロニウム科 Dinocloniaceae
ディノスリックス属 Dinothirx
Dinothrix paradoxa
Pascher
Dinothrix paradoxa

 本種は異なった2種類の生活形態をもつ。ひとつは前掲の3種と同様,日周的に遊泳細胞と不動細胞の交代を繰り返すもの,もうひとつは不動の細胞が次々に分裂し,不動細胞がいくつか連なった擬似的な多細胞体を形成するものである。前者がタイドプールで大量に繁殖し,前3者と同様に海水を変色させることがある。しかしながら,前3種が比較的高い位置のタイドプールに出現することが多いのに対し,本種は海水面に近い低い位置のプールに出現する。また,遊泳細胞の放出も夏の大変暑い時期にのみおこなわれ,他の種のように春先から遊泳細胞が出現することは無いようである。後述するように葉緑体のタイプが他の渦鞭毛藻と異なるので、タイドプールの赤潮状態の色調も他の種類に比べて黄色味がかっており薄いのが特徴である。
 本種で最も特徴的な点はその葉緑体の由来にある。本種は一見,何の変哲もない葉緑体をもつように見えるが実はその葉緑体は細胞内に取り込んだ他の生物に由来しているのである。その証拠に本種の細胞を電子顕微鏡で見ると葉緑体のまわりには1枚の膜があり,その膜は葉緑体を渦鞭毛藻の細胞質から隔てていることがわかる。この1枚の膜は取り込まれた生物の細胞膜であると考えられる。葉緑体の構造や色素組成から取り込まれた生物は珪藻類であると考えられるが,この渦鞭毛藻と珪藻類の共生関係はすでに一体のものでもはやこの2つは別々に生存することは出来ない。葉緑体の共生起源説の検証のための生物として興味深い種類である。(細胞内共生の項参照)



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