なぜ教科書を使うのか?

WEBでの情報の提供が一般化した今日では,自前で教科書に代わる授業資料を作る,という手もある.私も昔こんなのを試してみた.しかし,授業や演習の経験から,よい教科書があるならば,それを使うほうが自前の授業資料を使うよりも,学習効果が高いと考えるようになった.自前の授業資料には以下の欠点がありがちである.

多数の教科書の購入が予想される分野に,よい教科書は生まれやすい.たとえば,物理数学は,工学部・理学部そのたもろもろの物理的なことをやる人はかならず学ぶので,非常にマーケットが大きい.そのために,多くの本が出て,その中から良書が生まれる.一方,マーケットが小さい(たとえば海洋物理学)は,出版・翻訳される数が少ないので,絶対的なレベルで言ってすばらしい本はあまりない.さらにニッチな大気海洋の統計データ解析は,英語で出版されている書籍の数が1ダース程度で,和書ではないのではないかと思うので自分で資料を作っている.

昔話をすると笑われるが,物理数学の本の改善はホントにすごい.多分20年近く前には,わかり易く書こうという気持の物理数学の本はほとんどなかった.いまじゃ,岩波の「キーポイント」シリーズまである.物理数学については現在出版されている本以上に良い資料を作ることを目指すよりも,良書を使い倒すことを目指した方が,学習者にとって効果が高そうだ.良書を選ぶ眼力はそれを使い倒す経験からしか得られまい.良書を選び使い倒すことは,広大な知の世界を自由に動くための第一歩である.

他の本を併用する際のお勧め本.


偏微分方程式の教科書たち

見延が物理数学II演習(主に偏微分方程式)の教科書候補としてチェックした書籍のリストとそれに対するコメント.

偏微分方程式 科学者・技術者のための使いかたと解き方

スタンリー・ファーロウ著 伊理 正夫・伊理 由美訳 
pp. 411, 朝倉書店 ISBN4-254-11071-5 5500円+税

使ってみた人は,そのよさが分かる.例えば、筧さん@神戸大の紹介を見よ.記述のレベルとしては,下の「偏微分方程式とフーリエ解析」よりはずっと丁寧で,「キーポイント 偏微分方程式」よりはやや分かりづらいだろう.この本を読めば,偏微分方程式はほぼ征服したといってよいし.一課が短いので例えば毎日一課読むという自習にも向く.

いろいろチェックした結果2001年の教科書はこれに決定.おもな理由は

玉にキズなのは値段が高いこと.でも値段分以上の価値がある.

基礎物理数学 シリーズ by ジョージ・アルフケン(ハンス・ウェーバー)

基礎物理数学 第4版 第一巻 ベクトル・テンソルと行列 
 ジョージ・アルフケン,ハンス・ウェーバー著 権平 健一郎・神原 武志・小山 直人 訳,pp. 336 4500円+税

基礎物理数学 第4版 第二巻 関数論と微分方程式 
 ジョージ・アルフケン,ハンス・ウェーバー著 権平 健一郎・神原 武志・小山 直人 訳,pp. 370 4800円+税

特殊関数 基礎物理数学〈Vol.3〉 基礎物理数学 第三巻 特殊関数
ジョージ・アルフケン,ハンス・ウェーバー著 権平 健一郎・神原 武志・小山 直人 訳, pp. 258, 4200円+税
 旧版の第三巻の前半,後半は出版予定.

アルフケンといえば,物理系の研究者なら誰でも知っている定評のある教科書.このシリーズだけ勉強しても,物理数学のプロ・レベルになれる.アルフケンを全部読みましたと大学院の面接で言えば,強い印象を与えられる(ボロが出たら逆効果).蓬田先生もお勧め.残念ながら,物理数学II演習の対象とする内容は,第二巻と第三巻に分かれている.多分このシリーズを教科書に採用するなら,複数の授業で指定するといいのだろう.例えば,物理数学I〜IIIとI/IIの演習で.そうすれば学習者はアルフケンの世界に十分になじむことができ,頭で分からなくても身体で分かる(かもしれない).

キーポイント 偏微分方程式 −理工系数学のキーポイント10−

河村 哲也 著
pp. 195, 岩波書店, ISBN4-00-007870-4, 2472円

おそらく記載されている事項については,最も分かりやすい解説である.噛んでふくめるように書いてある.当然一つの事項に対して記述量は多い,それでいてページは少ない(p. 197)ので,記述されている事項は少ない.それだけでは狭いので,他の教科書と併用するのが良いだろう.スタンリー・ファーロウでも分からない,という人は読んでみるとよいかも.

偏微分方程式とフーリエ解析 

東京大学基礎工学双書
田辺 行人・高見 頴郎監修/中村 宏樹 著
pp. 189, 東京大学出版会, ISBN4-13-065032-7, 2678円

定評のある教科書である.ただし全体に記述量は少なめなので,これだけ読んでも理解できない人は多いだろう.理解できるのであれば,演習問題の解答も親切で自習書にも適する.授業の利用では,演習よりも講義形式に向きそう.

理工系の基礎数学4 偏微分方程式

及川 正行 著
pp. 254,岩波書店, ISBN4-00-007974-3, 3296円

2000年度の物理数学II,II演習の教科書であった.超関数や固有値問題の比較的難しい話題も含まれており,その辺でついていけなくなる読者も多いだろうし,また逆にそこが役に立つという読者もいるだろう.残念ながら重要な事項も,なぜそれが必要かのmotivationが書かれていないので,理解しづらい.