水波研究室案内

研究室:理学部5号館9階(9-11室) 連絡先:Tel:011-706-3446(内線3446)e-mail: mizunami@sci.hokudai.ac.jp

研究内容

 私たちの研究テーマは「昆虫を材料とした学習の脳機構・分子機構の解明」および「微小脳の設計原理の解明」です。私は昆虫の脳を「微小脳」という概念で捉えることを提案してきました。昆虫は極めて小さな脳しか持ちませんが、この微小脳は、私達の脳と驚くほど共通した構造や機能を持っています。昆虫の脳は構成するニューロンの数が少ないため、脳機能を単一の分子・遺伝子・ニューロンの機能に還元して解析することが可能です。また、私たちは、コオロギやゴキブリなどの昆虫が驚くほどの学習能力を持つことを見いだしてきました。そこで、それらの昆虫の学習の神経機構の解析を通して、微小脳の設計原理を明らかにし、他の動物群との比較により、ヒトとも共通する動物の脳の基本設計原理を明らかにすることをめざしています。その一方で、昆虫は驚くほど高度でユニークな行動の数々を発達させています。私はそれらの行動を小さな脳で実現する仕組みの解明をめざしています。動物の脳の普遍性、多様性と進化に迫るアプローチにより、「脳進化生物学」に新たな地平を切り開くことが私たちの研究目標です。これは容易に到達できる目標ではありませんが、日々の奮闘の積み重ねにより、また国内・国外の共同研究者と連携しつつ、達成したいと考えています。


学習したニオイを探索中のコオロギ

(1)嗅覚学習に伴う嗅覚連合中枢ニューロンの活動変化の電気生理学的解析
 私たちの最も重要な目標の1つは、昆虫の学習の仕組みを脳の1つ1つのニューロンの活動の変化に還元して理解することです。ゴキブリを材料に、高次連合中枢であるキノコ体のニューロンの活動が匂いの学習によりどのように変化するかの研究に取り組んでいます。キノコ体には美麗な層構造が見られます。これが記憶とどのように関係するのか、電気生理学、光学計測法などを駆使して明らかにしたいと考えています。


ゴキブリのキノコ体に見られる美麗な層構造

(2)微小脳に置ける報酬系と罰系の電気生理学的、薬理学的解析
 私たちは、コオロギの学習(古典的条件づけ)において、オクトパミン作動性ニューロンが報酬の情報を伝え、ドーパミン作動性ニューロンが罰の情報を伝えることを明らかにしています。そこで昆虫が示す様々なタイプの学習における報酬系、罰系の役割を解析することにより、微小脳の学習システムの基本設計に深く切り込みつつあります。

(3)新規学習モデル(宇ノ木ー水波モデル)の実験的検証
 私たちは、コオロギにおいて、オクトパミンやドーパミン作動性ニューロンの正常な働きが、匂いや視覚の学習の成立に必要であるのみならず、記憶の読み出しにも必要なことを発見しました。これは従来の昆虫の学習モデルでは説明できない現象です。そこで、新規の学習モデル「水波—宇ノ木モデル」を提案し、その検証に成功しました。このモデルは、昆虫の学習にこれまで知られていなかった高度な情報処理過程を含まれていることを予想するものです。それらの予測の実験的な検証に精力的に取り組み、高次学習を実現する神経回路の全体像の解明を目指しています。


従来の昆虫の学習モデル(A)と水波ー宇ノ木モデル(B)appetitive/aversive US:忌避性、または嗜好性の無条件刺激、UR:無条件反応、CR:条件反応、OA/DA;USを伝えるオクトパミン、またはドーパミン作動性のキノコ体葉部への入力ニューロン、CS:CSを伝えるキノコ体内在ニューロン(ケニオン細胞)、CR:CRを引き起こすキノコ体出力ニューロン。

(4)長期記憶形成のシグナル伝達機構の行動薬理学的解析
 私たちはコオロギやゴキブリで、脳内での一酸化窒素(NO)の放出が、匂いや視覚の長期記憶形成の引き金を引くことを明らかにしています。さらにアセチルコリン受容体阻害剤やNMDA受容体阻害剤などの薬物を用いた行動薬理実験により、長期記憶形成のシグナル伝達機構の全容を明らかにしつつあります。私たちは匂いの長期記憶がキノコ体で形成されると考え、その検証実験を進めています。

(5)RNA干渉法およびトランスジェニックコオロギを用いた学習・記憶の分子メカニズムの解明
 RNA干渉法による遺伝子発現阻害法を用いて、学習に関わる遺伝子の機能阻害実験を行い、学習・記憶の分子機構への深い洞察を得つつあります。さらにトランスジェニックコオロギを用いた研究も導入しつつあります。

(6)微小脳の匂い情報処理に基づく、匂いセンサー系の開発(産学連携研究)
 カルシウム感受性色素を用いた神経活動の光学計測法を用いた、匂いの脳内表現についての研究も行っています。これは(株)村田製作所との産学連携研究で、人工匂いセンサーシステムの開発を視野に入れています。

(7)その他
 大学院生のテーマは学生の興味や希望を充分考慮して決定します。自主的に研究に取り組める、意欲ある学生を歓迎します。「このような研究をやってみたい」という希望があれば、遠慮せずに申し出てください。その意義や実現可能性について充分に検討した上で、認めることがあります。
 私の研究については、下記の著書もご覧下さい。

参考図書:「昆虫—驚異の微小脳」、水波誠著、中公新書、2006年

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