Research highlight

2. サンゴ化石に発見された鮮新世温暖期のエルニーニョ

本研究の成果は、Nature vol. 471 (2011年3月10日号)に掲載されました。
Watanabe, T., A. Suzuki, S. Minobe, T. Kawashima, K. Kameo, K. Minoshima, Y. M. Aguilar, R. Wani, H. Kawahata, K. Sowa, T. Nagai, and T. Kase (2011) Permanent El Niño during the Pliocene warm period not supported by coral evidence, Nature, 471, 209-211, doi:10.1038/nature09777

 

 図1: 海洋底コアの有孔虫の酸素同位体比 (Mix et al., 1995を改変)

鮮新世温暖期は,将来に訪れる温暖化地球の気候条件に最も類似した過去の温暖期であると言われています(図1; Mix et al., 1995)。太平洋赤道域で数年ごとに発生するエルニーニョ現象は,現在の気候システムにおいて重要な役割を果たしていますが,このエルニーニョ現象が鮮新世温暖期に存在したか否か,これまで激しい論争が続いてきました。温暖化した気候システムでは,現在のエルニーニョ現象を起こすメカニズムである太平洋の東西の水温勾配がなくなり,全域の水温が高い“永続的エルニーニョ状態”になって,数年ごとのエルニーニョ現象は発生しなくなるという仮説が提唱されています(Wara et al., 2005)。一方,当時も現在のようなエルニーニョ現象は存在し,むしろ太平洋の東西の水温勾配が大きくなって,エルニーニョ現象はより強く,より頻発していたのではないかとする仮説も提唱されていました(Rickaby & Halloran, 2005)。この2つの説は,どちらも時間分解能が数千年~数万年程度である海洋底コアの解析に基づいたものでしたが,海洋底コアの解析では数年間隔で起こるエルニーニョ現象を直接捉えることは困難でした。

 

図2: フィリピンにおけるサンゴ化石発掘風景(左)と得られた化石サンゴ(右)

造礁性サンゴの骨格には過去の大気と海洋の環境変動が数週間という高時間分解能で記録されています。渡邊らは,フィリピンでの地質調査により鮮新世温暖期に相当する地層から非常に保存状態のよい化石サンゴを発見しました(図2)。それらの化石試料から電子顕微鏡観察やシンクロトロン光を用いたエックス線回折実験により骨格に変質がないことを厳密に確認し,2つのサンゴ化石を化学分析用の試料として選びました。そして,2つのサンゴ化石の酸素同位体比組成(水温と塩分の指標)から,計70年分の大気と海洋環境の季節変動および経年変動パターンを抽出しました。今回のサンゴ化石が採取されたフィリピン周辺の海域は,水温と塩分の変動がエルニーニョ現象の影響を強く受けている場所であり,現生サンゴの酸素同位体比の変動パターンは,現在のエルニーニョ現象の変動パターンをよく記録していることがわかっています。本研究では,化石サンゴの酸素同位体比の変動パターンを,現生サンゴの酸素同位体比変動パターンと比較することによって,鮮新世温暖期におけるエルニーニョ現象の有無を検証しました。

 

現生サンゴと化石サンゴの酸素同位体比変動パターンを解析した結果を比較したところ,鮮新世温暖期には現在とほぼ同じ周期でエルニーニョ現象が起こっていたことが明らかになりました(図3)。この発見は,直接的なエルニーニョ現象の証拠としては最古のものです。また,これまで比較的有力であった温暖化地球ではエルニーニョ現象は起こらないとする永続的エルニーニョ説の可能性を否定するものであり,一連の論争に決着をつけるものです。

 

図3
(a)化石サンゴに記録された鮮新世温暖期のエルニーニョ。
黒線は酸素同位体比変動曲線,赤線は期間内での平均の酸素同位体比の変動パターン(a-1),青線は酸素同位体比の変動曲線から平均の季節パターンを差し引いて計算した異常値(a-2)。黄色で示した領域は酸素同位体比から推定されるエルニーニョ現象

(b)パワースペクトル密度。左からそれぞれ化石サンゴの酸素同位体比(青線;Coral1,赤線;Coral2),現生サンゴの酸素同位体比,エルニーニョ指標(Nino 3.4 index:熱帯太平洋の水温異常値,青線;1985年~2010年,赤線;1950年~1984年まで期間)のパワースペクトル密度。0.3サイクル/年(3−4年周期)付近に共通のピークがあることがわかる。

 

 

今回の発見で,将来の温暖化した地球においてもエルニーニョ現象が存在することが強く示唆されました。この結果は,これまでのエルニーニョ研究において主流だった説とは全く異なるもので,将来の温暖化におけるエルニーニョ現象の予測とその影響を見積もるための新たなヒントになるものと思われます。早ければ100年後には同じような気候に到達すると言われている未来の地球で,エルニーニョ現象はどうなるのか,今後のさらなる研究が期待されます。

 

引用文献
Mix, A. C. et al. Benthic foraminiferal stable isotope record from Site 849, 0–5 Ma: local and global climate changes. Proc. ODP Sci. Res. 138, 371–412 (1995).
Rickaby, R. E. M. & Halloran, A. P. Cool La Niña during the warmth of the Pliocene? Science 307, 1948–1952 (2005).
Wara, M. W., Ravelo, A. C. & Delaney, M. L. Permanent El Niño-like conditions during the Pliocene warm period. Science 309, 758–761 (2005).