Research highlight

1. 貧栄養海域でサンゴ礁が形成される謎 ーサンゴ骨格を用いた栄養塩起源の推定法ー

熱帯・亜熱帯の海は全海洋の75%以上を占めますが、生物生産に不可欠な栄養塩(生物の生育に必要な元素—窒素、リン、ケイ素)が少なく、栄養塩の観測に困難が伴います。しかし、熱帯・亜熱帯域に分布するサンゴ礁は貧栄養海域にありながら、豊かな生態系を育んでいます。本研究では栄養塩が少ない中で、サンゴをはじめとするサンゴ礁の生物が取り入れる栄養塩がどこから来ているのか、サンゴ骨格の化学分析から明らかにしようと試みました。...続きを読む

 

2. サンゴ化石に発見された鮮新世温暖期のエルニーニョ

鮮新世温暖期は,将来に訪れる温暖化地球の気候条件に最も類似した過去の温暖期であると言われています(図1; Mix et al., 1995)。太平洋赤道域で数年ごとに発生するエルニーニョ現象は,現在の気候システムにおいて重要な役割を果たしていますが,このエルニーニョ現象が鮮新世温暖期に存在したか否か,これまで激しい論争が続いてきました。温暖化した気候システムでは,現在のエルニーニョ現象を起こすメカニズムである太平洋の東西の水温勾配がなくなり,全域の水温が高い“永続的エルニーニョ状態”になって,数年ごとのエルニーニョ現象は発生しなくなるという仮説が提唱されています(Wara et al., 2005)。一方,当時も現在のようなエルニーニョ現象は存在し,むしろ太平洋の東西の水温勾配が大きくなって,エルニーニョ現象はより強く,より頻発していたのではないかとする仮説も提唱されていました(Rickaby & Halloran, 2005)。この2つの説は,どちらも時間分解能が数千年~数万年程度である海洋底コアの解析に基づいたものでしたが,海洋底コアの解析では数年間隔で起こるエルニーニョ現象を直接捉えることは困難でした。...続きを読む

 

3. 生きる化石『硬骨海綿』の骨格に中国大陸からの大気中鉛放出史を発見

昨今,日本を取り巻く重大な環境汚染のひとつにPM2.5などに代表される中国由来のエアロゾルの越境が問題となっています。『生きる化石』とも呼ばれ最長で1000年以上の寿命を持つ,硬骨海綿を沖縄県の久米島で本学の大学院生が発見し,それが作り出す骨格から過去のエアロゾル起源と思われる鉛汚染の歴史及びその汚染源の推移を明らかとすることに成功した。この成果は社会活動が及ぼす環境への影響を長期間かつ詳細に知るための重要な知見となります。...続きを読む

 

4. シャコ貝殻のストロンチウム/カルシウム比は日射量の変動を記録する

    ~数千年前の日射量を3時間単位まで識別できる可能性~

日射量は地球の気温を主に決定し、植物の光合成から人類の日常生活まで影響を与える重要な環境要素です。東京大学と北海道大学の研究グループは、二次元高分解能二次イオン質量分析計(ナノ・シムス)(注1)を用いて亜熱帯に生息するシャコガイの殻を2マイクロメートルの分解能で分析しました。シャコガイは1日1本、数十マイクロメートル間隔で日輪(注2)を刻みながら成長します。 分析の結果から殻のストロンチウム/カルシウム比が、日射量の変化に対応しながら周期的に変化することを世界で初めて明らかにしました。 この結果は、化石などのシャコガイの殻を同様に分析することで過去の日射量に関する情報を約3時間の間隔で明らかにすることができる可能性を示しています。...続きを読む

 

5. 20世紀の黒潮流量の長期復元に世界で初めて成功

世界最大級の海流である黒潮は熱帯から温帯へと大量の熱を運び,北太平洋の気候へ大きな影響を与えてきました。また黒潮は日本の太平洋沿岸を流れ,その流量の変動は漁業にも影響すると考えられています。本研究では,黒潮が流れ込む高知県土佐清水市竜串湾に生息する北限域の造礁サンゴの骨格から,過去150年間の黒潮流量の変化を復元しました。その結果,20世紀を通じて黒潮流量は変動幅が小さくなっており,流量が増大・安定している傾向にあることを示しました。また,流量の変動は北太平洋の気候変動であるエルニーニョ・南方振動(ENSO)と太平洋十年規模振動(PDO)の両者の影響を受けて変化していることを発見しました。...続きを読む

 

6. 観測記録が不足するオマーン湾の湧昇流発生をサンゴが記録

湧昇流※1 は海洋表層に栄養塩を輸送するため,海洋生態系や漁業に影響を与えると考えられていますが,湧昇流の観測には海水温,塩分,栄養塩といった多くの環境情報が必要であり,これらの広範囲かつ連続的な観測には困難が伴います。

一方,造礁性サンゴ※2 は,海水温や海洋表層の一次生産※3量といった海洋環境の変化を,サンゴ骨格の化学組成の変化として記録することができます。

本研究では,この造礁性サンゴ骨格を用いて,オマーン湾に湧昇流が発生した時期と発生期間を明らかとすることに成功しました。...続きを読む

 

7. シャコガイ殻に残された台風の痕跡 ~新たに発見 過去の台風の復元指標~

近年、地球温暖化に伴い台風をはじめとした大型の熱帯低気圧の増加が危惧されています。今後の熱帯低気圧の発生頻度を予測するには、現在よりも温暖だった時代の熱帯低気圧の発生頻度を調べることが重要です。

大型の二枚貝であるシャコガイは成長が早く、殻は時間的に高い精度で古環境について調べられる指標として注目されています。日本に接近する台風の通り道である沖ノ鳥島でシャコガイの殻を調べたところ、台風通過時に殻の化学組成、成長線幅の変化が生じることを発見しました。本研究の成果は、シャコガイ殻から過去の台風をこれまでにない高い時間的制度で復元できる可能性を示唆しています。 ...続きを読む

 

8. 地球温暖化が西インド洋の気候システムに与えた影響を解明

     ~オマーン産サンゴから地球温暖化停滞時におけるインド洋ダイポール現象を復元~

インド洋ダイポール現象は、数年周期で発生するインド洋の大気と海洋の相互作用のことです。インド洋ダイポール現象発生時、西インド洋で平年よりも多雨・温暖化、東インド洋で乾燥・寒冷化し、インド洋周辺諸国の社会に重大な影響を及ぼします。20世紀に確認された地球温暖化に伴って、インド洋ダイポール現象の発生頻度が増加していることが知られていましたが、1990年代後半から確認されていた地球温暖化の停滞がインド洋ダイポール現象へ与えた影響は未解明でした。

研究グループは、オマーン産の造礁性サンゴ骨格中の酸素安定同位体比やSr/Ca(ストロンチウム-カルシウム比)を用いて、過去26年分の西インド洋の海水温・塩分変動を調査しました。

その結果、地球温暖化の停滞時、西インド洋の海水温はインド洋ダイポール現象とは独立的に変化し、低下していたことが示唆されました。 ...続きを読む

 

9. アッカド帝国崩壊の原因をサンゴの化石から解明

    ~サンゴの化石から復元した月単位の古気候記録の証拠~

西アジアのメソポタミア地域(現在のシリアやイラク)で発達したメソポタミア文明では、約4600年前に初の帝国であるアッカド帝国が建国されました。その後も反映を続けましたが、この帝国は約4200年前に滅亡してしまいます。これまでの考古調査や古気候の復元記録の結果では、気候変動がこの帝国の滅亡に寄与したことが示唆されています。

研究グループは、オマーン産の造礁性サンゴの化石の酸素同位体比やSr/Ca(ストロンチウム-カルシウム比)を分析し、4500~2900年前の海水温・塩分変動を復元した結果、約4100年前の冬は他の時代と比べて極めて乾燥・寒冷であったことを解明しました。この乾燥・寒冷な気候により、アッカド帝国の農業社会は不振に陥り、帝国が滅亡したことが示唆されました。 ...続きを読む

 

10. サンゴ骨格中からスマトラ島沖大地震の痕跡を発見

    ~新たな古地震記録計の確立に向けて~

インドネシア・スマトラ島沖では、過去数百年間にマグニチュード(M)7以上の巨大地震が繰り返し発生しています。海溝型地震では、海底(または地表)の隆起と津波を伴うことがあり、2004、2005年に発生したスマトラ島沖地震でも同様に、震源周辺の島で数m規模の隆起や巨大津波が発生しました。スマトラ島沖は豊かなサンゴ礁が広がっており、このような地震イベントは造礁性サンゴの生育環境にも影響を与えたと考えられます。これまで、過去の地震イベントの検出やサンゴ礁へのの影響評価は、津波堆積物の分析やサンゴ礁のモニタリングなどにより行われてきましたが、地震イベント発生前後のサンゴ礁環境とサンゴの成長応答の詳細は明らかになっていませんでした。

研究グループは、インドネシア・シメル島産の造礁性サンゴ骨格を用いて、骨格中の炭素安定同位体比や骨格成長を分析した結果、2004、2005念のスマトラ島沖地震の発生を示す複数のシグナルを検出し、地震に伴う隆起・津波イベントがサンゴの生育環境に与えた変化と骨格成長への影響を明らかにしました。今後は、本研究の手法を化石サンゴ骨格に応用することで、より古い時代の地震イベントにおけるサンゴ礁環境の変化を捉えることができると期待されます。 ...続きを読む

 

11. 人為起源によるサンゴ礁の撹乱の変遷をサンゴ骨格から検出

    ~奄美大島住用湾における産業発展・土地利用変遷に対するサンゴの応答~

熱帯・亜熱帯を中心に広がるサンゴ礁は,地球温暖化や淡水流入などの自然要因,沿岸域の土地開発などの人為的要因,グローバル/ローカル規模の要因などが複合的に影響し合います。奄美大島住用湾は塊状の造礁サンゴ*1の生息域であり,マングローブ林が広がる住用川と役勝川の河口域に位置しています。住用湾沿岸域では過去46年間にわたって大島紬(奄美大島を本場生産地とする絹織物)の生産や農業など様々な産業が発展してきました。この地域では,集中豪雨に伴った洪水(淡水や土砂が湾内へ流入する)による造礁サンゴへの影響が懸念され,これまで,サンゴ礁環境の一時的な変化はサンゴ礁の被覆度・白化現象のモニタリングによる手法で多く取り組まれてきました。 しかし,本研究地域のように河川や湾における定期的な水質モニタリングが実施されていない地域では,集中豪雨・洪水イベントや産業発展に対応する長期的かつ定量的なサンゴの成長の詳細はあまり明らかになっていませんでした。

そこで研究グループは,奄美大島住用湾産の造礁サンゴ骨格を用いて,古環境復元指標/骨格成長の記録と過去の洪水イベント及び湾沿岸域の産業史を詳細に比較しました。その結果,骨格成長は土砂流量を反映している可能性が示唆され,住用湾内の土砂流量はサンゴの骨格成長を制御する要因の一つであることがわかりました。また,奄美大島住用湾産の造礁サンゴ骨格は,河口域のマングローブ林による影響を受けながら海水温や海水中の土砂流量,過去46年間における集中豪雨・洪水イベントによる海洋環境の変化を記録しており,このことから,産業の発展は海水中の土砂流量を変化させ,造礁サンゴ骨格はそれに応答する形で成長していることがわかりました。 ...続きを読む