Research highlight

3. 生きる化石『硬骨海綿』の骨格に中国大陸からの大気中鉛放出史を発見

本研究の成果は、Geology vol. 42 (2014年4月1号)に掲載されました。
Ohmori, K., Watanabe, T., Tanimizu, M., Shirai, K., Lead concentration and isotopic composition in the Pacific sclerosponge (Acanthochaetetes wellsi) reflects environmental lead pollution, Geology, April 2014, v. 42, p. 287-290

 

参考図1 『生きた化石』硬骨海綿の写真(沖縄県久米島沿海水深20m
(A) 生体部の写真。生体部は黄色~オレンジで内部に固い骨格を作る
(B) 海底洞窟の生息環境。暗く狭いところに群体でひっそりと暮らしている
(C) 骨格の断面図
(D) レントゲン写真。管状の組織が集まって骨格が出来ている。

硬骨海綿(参考図1)は通常の海綿動物とは違い非常に固い骨格を作ります。さらにとても長生きであることも知られており,ときに1000年以上も生き続けているものがあるという報告例もあります。これらはカブトガニやシーラカンスなどと同じく生きた化石とも呼ばれ,かつては世界中に今のサンゴ礁のような地形を形成していましたが,現在は海底洞窟など海洋の暗がりにひっそりと生息しています。近年この骨格が温度や降水量など生息地の環境を数週間から数ヶ月の単位で記録している,いわば百葉箱のような存在であるかもしれないことが分かってきました。
このような特徴があり,かつ長生きであることから,硬骨海綿を研究することで,人類が詳細な記録を取る以前の環境をより詳しく知ることができる可能性があります。

一方で,環境に含まれる鉛は,人体に過剰に取り込まれると神経障害や消化器症状など深刻な鉛中毒を引き起こします。海洋中に含まれる鉛の多くは,自動車に用いられる有鉛ガソリンや工場由来の排ガスの微粒子(エアロゾル)が大気循環によって遠方まで運ばれ沈降したものです。昨今問題となっているPM2.5などもエアロゾルに含まれており,その挙動を明らかにすることは急務となっていますが,観測以前のデータを詳細に知ることは困難でした。

 

参考図2 硬骨海綿の骨格に含まれる鉛の濃度。
鉛の濃度は産業の発展や有鉛ガソリンの規制などに密接に影響されている。

沖縄県久米島沿海の水深20m程度からスキューバダイビングで硬骨海綿を採取しました(参考図1)。その後,北海道大学で電子顕微鏡やレントゲン写真などを用いて骨格の詳細な観察を行い,東京大学大気海洋研究所で骨格の中に含まれる微量元素の濃度を測定しました。その中で硬骨海綿は他の生物と比較して鉛を非常に濃集しやすい特性があることが判明しました。さらに高知コア研究所で,この骨格の鉛の同位体比を測定することで汚染源を特定することを試みました。

 

 

 

 

参考図3
(A) 硬骨海綿に含まれる鉛の同位体比と東シナ海沿岸の汚染源の比較。
(B) 硬骨海綿に残された汚染源の経年推移。
値は日本の排ガスから中国の値にシフトしている。

 

 

本研究では,硬骨海綿の骨格に含まれる鉛濃度がこの40年間の中で大きく上昇していることが明らかとなりました(参考図2)。さらにその同位体比を測定し,この期間で汚染源が日本から中国へと推移していることを発見しました(参考図3)。この推移は日本がかつて公害問題対策として有鉛ガソリンの使用を禁止したことと,その後の中国の経済発展に伴う排ガスの増加によって生じたものと考えられます。そして2000年以後は,中国での有鉛ガソリン使用規制によって,環境中の鉛汚染が減少したことを明らかにしました。このような環境中の鉛汚染を数十年のスパンを対象に1年以下の単位という精度で明らかにした研究例はなく,経済発展が環境に及ぼす影響を,長期的な視野でかつ社会や人間活動に沿った時間分解能で明らかにすることに成功しました。

今回の成果で,硬骨海綿を研究することで水温などの環境変動だけでなく,人間社会の発展や政策等が自然にどのように影響をもたらすのかを明らかにできる可能性が示唆されました。またこの研究を発展させることで鉛の汚染の影響だけでなく,それが運ばれてくる要因となる大気循環の挙動の解明にもつながる可能性もあると考えられます。