Research highlight

4. シャコ貝殻のストロンチウム/カルシウム比は日射量の変動を記録する

    ~数千年前の日射量を3時間単位まで識別できる可能性~

本研究の成果は、Nature Communications vol. 3 (2012年電子版)に掲載されました。
Sano, Y., S. Kobayashi, K. Shirai, N. Takahata, K. Matsumoto, T. Watanabe, K. Sowa, and K. Iwai (2012), Past daily light cycle recorded in the strontium/calcium ratios of giant clam shells, Nature Communications, 3:761 doi: 10.1038/ncomms1763

 

近年、人為起源の二酸化炭素の増加による地球温暖化が問題になっていますが、二酸化炭素などの温室効果ガスは副次的に気温上昇を引き起こすものの、地球の気温は1次的には日射量によって決まります。また、日光は植物の光合成に必要不可欠な要素であり、日射量は農作物の豊作不作に大きく影響を与えます。さらに人間を含むほとんどの生物は昼と夜で行動様式が異なり、日照サイクルは生物の行動様式にも影響を与えます。このように、日射量は地球環境や生物などに非常に大きな影響を与える重要な環境要素だと言えます。地球温暖化などの環境変動やそれに対する生態系の応答を調べる上で、過去の日射量に関する情報は非常に重要です。しかし、日射量に関する正確な観測データはそれほど長い期間の蓄積があるわけではありません。過去の環境を調べるためには、サンゴや二枚貝、有孔虫など生物の形成する炭酸カルシウムの骨格に含まれる微量元素や同位体組成を分析することで、その当時の環境を明らかにするという手法がこれまで多く用いられてきました。例えばサンゴ骨格のストロンチウム(注3)/カルシウム比や有孔虫のマグネシウム/カルシウム比を分析することで過去の水温の履歴が明らかにされてきました。他にも炭酸カルシウムの分析により塩分、pH、栄養塩などを復元する試みが行われてきました。しかし、炭酸カルシウム骨格を用いて過去の日射量を明らかにする手法を確立することに成功した研究例はこれまでありませんでした。

 

図1.試料の準備:(1a)シャコガイ(ヒレナシ)の殻と(1b)切断法
(1c)電子線プローブ・マイクロアナライザー(EPMA)による分析位置
(1d)反射電子像、(1e)日輪の縞模様と推定された日時を示す。
図2のデータは1cの赤い四角(約500マイクロメートル)中の分析値
図3のデータは1cの緑のマークに沿った全体の分析値

我々の研究グループは過去の日照サイクルを記録しているものの候補として、熱帯から亜熱帯にかけて生息し、最長で百年以上の寿命を持つシャコガイの殻に含まれる微量元素に注目しました。シャコガイは体内に微小藻類を共生させることで光合成に由来する栄養分で成長することができ、その殻には昼夜のリズムに対応し、数十マイクロメートル間隔で1日1本、日輪が形成されます(図1)
我々は沖縄県石垣島でシャコガイの一種であるヒレナシ(Tridacna Derasa)を飼育し、並行して環境データの観測を行いました。飼育したシャコガイの殻を最先端の二次イオン質量分析計(ナノ・シムス)を使って2マイクロメートル(注4)の解像度で微量元素組成の分析を行いました。この2マイクロメートルという解像度は炭酸カルシウム中の微量元素組成の分析手法としては世界最高レベルの解像度です。

 

 

 

図2.日周変動を示す分析結果:
(2a)2マイクロメートル間隔のストロンチウム/カルシウム比(Sr/Ca)の変動パターンと、
(2b)分析した期間(2005年9月21日-10月14日)に相当する日射量の変化。
ストロンチウム/カルシウム比が日射量に応答して変動する様子が見て取れる。
図3
.年周変動を示す分析結果:
(3a)50マイクロメートル間隔のストロンチウム/カルシウム比(Sr/Ca)の変動パターンと、
(3b)分析した期間(2003年9月1日-2005年10月14日)に相当する日射量の年周変化。
長期間で見てもストロンチウム/カルシウム比が日射量に応答して変動する

殻に含まれるストロンチウム、マグネシウム、バリウムの組成を分析した結果、マグネシウムとバリウムは環境の変化に対して比率が変化しませんでした。一方、ストロンチウムは昼に形成される部位でストロンチウム/カルシウム比が低く、夜に形成される部位でストロンチウム/カルシウム比が高いという日射量に対応する明瞭な日周期変動を示すことがわかりました(図2)

また、年間を通した変動も、日射量の高い夏期にストロンチウム/カルシウム比が低く、日射量の低い冬期にストロンチウム/カルシウム比が高いという、日射量におおむね対応する変動パターンを示しました(図3)。 この結果は、化石のシャコガイの殻を同様に分析する事で数千年前の日射量に関する情報を、約3時間の間隔で明らかにすることができる可能性を示しています。

今後、シャコガイ殻の分析から過去の日射量の復元を行うためには、シャコガイのストロンチウム/カルシウム比がどの程度正確に日射量を記録しているのかをより詳細に検証する必要があります。また、シャコガイのストロンチウム含有量がどのようなメカニズムで日射量に応答して変化しているのかを正しく理解する必要があります。 今回の成果は、日射量という極めて重要な環境要素を観測記録の存在しない時代までさかのぼって明らかにできる手法の可能性を示した重要な結果であり、今後さらなる検証を行い、過去の海洋環境の高解像度復元を進めていく予定です。

 

用語解説:
注1)二次元高分解能二次イオン質量分析計:試料表面に細く絞ったイオン(一次イオン)のビームを照射し、その衝撃で試料から飛び出してくるイオン(二次イオン)を分析する装置。「ナノ・シムス」はその名の通り、一次イオンを細く絞り、極めて微小な領域(1000分の1ミリメートル以下でナノメートルと呼ばれるサイズ)を分析するのに特化した装置である。図4参照。
注2)日輪:昼と夜で貝殻の成長速度が異なるため、1日ごとにストロンチウム濃度の縞模様を作る。図1eの黄色と緑の縞模様が日輪である。
注3)ストロンチウム:ストロンチウムはカルシウムと似た性質を持つ元素で、海水に比較的多く含まれており、炭酸カルシウムに取り込まれやすい。
注4)マイクロメートル:1マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1