研究紹介
生命の物理的な「仕組み」を化学的に真似ることで、
新たな物質科学の創出・分子技術の発展を狙っています。
キーワードが似た研究をしているグループは数多くありますが、
平衡から大きく離れたところでの自律挙動を達成している点で、
他とは異なるステージでの研究を展開しています。
☞ 我々の研究を紹介する最新の解説文(日本語:大学生~大学院生向け)
超分子の「し続ける」巨視的ダイナミクス
「動き続ける」ことは、「(期間限定で)動く」や「動かされる」とは違います。「増え続ける」ことは、「(期間限定で)増える」や「増やされる」とは違います。
化学では、見かけ上の変化がある状態のことを広く非平衡と言います。ここでの非平衡は、平衡には非ず、という意味です。化学は基本的に非平衡を対象にしたり利用した学問です(化学反応は非平衡の時に進展するほか、平衡状態を観測するときには対象を一時的に非平衡にします)。そして、私達が研究している「動き続ける」「動く」「動かされる」などの挙動も、非平衡で見られます。このうち、「(期間限定で)動く・動かされる」は、非平衡から平衡に向かう過程(緩和過程)の挙動であり、多くの化学者が対象にしている現象です。これに対して私達の研究グループは、「動き続ける」という「非平衡を維持する挙動」を研究対象にしています。後者は、Erwin Schrödingerが「非生命体にはない生命体の特徴」と述べた挙動になります。いずれも「非平衡」の研究ではありますが、意味や意義が全く異なります。
私達の研究グループでは、「変形を繰り返せる分子集合体」「増殖を繰り返せる分子集合体」のそれぞれについて、有機合成の手法を用いて創出することに世界で初めて成功しています。但し、我々の成果はあまりに斬新であり競合する研究者が少ないことや、緩和過程を対象にした研究が圧倒的に活発で高度に進展していることなどから、非平衡を維持する挙動についての学理の拡がりが進んでいないという状況です。
■近年、あまりに酷いので、明確に意見表明をします■
Natureやその姉妹誌を始め、インパクト重視の投稿が目立つ雑誌の化学系論文において、非平衡系にかかわる用語(「散逸」や「平衡から遠く離れた挙動」という用語など)の使い方が度を過ぎて不適切になってきていると考えます。例えるなら、「金属錯体」と論述しながら対象物に「金属原子が入っていない」というレベルの不適切さです。科学研究における過当競争が故に、見栄えの良い論文を見栄えの良い雑誌に掲載しようとする志向が働くことは人間の性(さが)として理解できます。また、非平衡系が現在の化学界で理解されておらず間違いが生じる現状も理解できます。それらについては目をつむるとしても、結果として「高額の論文投稿費を支払って学術を壊す」「そのような研究を税金などでさらに支援する」という構図が世界的に拡がりつつあることについて、快い気持ちにはなりません。それ以上に、化学の真の面白さが霞んでしまっていることを懸念しています。
なお、真摯に研究に打ち込んだ結果として論文で間違いを述べてしまうということは起こりえることであり、悪いことや責めることではありません。科学とは、間違いながらも、それを正すことで発展させていく学術です。科学政策において選択と集中が馴染まない理由や、権力構造の形成が望まれない理由の一つは、この「科学は間違いながらも修正していく学術」である点にあります。自由闊達に意見交換できる環境・誰しもが自由に研究できる環境が、科学には必要です。これに対して、科学者をとかくランキングし、選択と集中を促すような現在の風潮は、研究者の多様性を失わせます。すなわち、過ちを発展させてしまう結果を生み出します(すでに生み出してしまっています)。明らかに望ましくない状況になってきていることを懸念せざるを得ません。研究者をランキングしないことは、科学者が厳守するべき事柄です。
参考 "Potential curves illustrating a dissipative self-assembly system and the meaning of away-from-equilibrium" (Preprint on arXiv)
■化学者向けコメント:非平衡を維持する挙動と維持しない挙動の見分け方■
個別の事柄については、論文を精読してみないと判断できません。ただ、見分けるためのポイントは簡単です。対象の系が、エネルギーの流れが一定の状態に置かれた場合を考えた時、
対象系の自由エネルギーの量が自発的に変動しているか否か。あるいは、自発的に組成が変動しているか否か。自由エネルギーや組成の変動がないものは、非平衡状態における平衡構造です。平衡構造から離れる挙動を含んでいません。
なお、精読が必要であるのは、論文の著者が、何を対象の「系」として認識し論述しているかを見極めないといけないからです。また、自由エネルギーや組成の変動量が小さいながらも認められる場合も、評価が難しくなります。
大きな動きを繰り返す分子集合体の創出:継続的に動く挙動を創る
定常光を照射している間、分子集合体が、振動運動を繰り返します。
この研究では、光異性化反応と、結晶相転移という現象を組み合わせることで、平衡から遠く離れた運動を創り出すことに成功しました。光のエネルギーを消費することで、秩序だった動きを維持しています。この現象は永続する挙動に該当します:このような秩序形成挙動を、散逸的自己組織化といいます。
分子集合体の自律運動は、目で観察される種々の自律機能を生み出します。その事実は、これまで研究例が少なく、多くの化学者には理解されていません。この成果をきっかけに、分子集合体の自律機能について、その本質的魅力を示す研究を開始しています。
■動き続ける挙動<変形を繰り返す挙動>
■動き続ける挙動<遊泳する挙動>
■背景説明
分子集合体の自触媒的増殖:継続的に増殖していく挙動を創る
自己複製反応や自触媒反応は、その顕著な非線形性が魅力的な反応系です。これまで分子レベルでの自触媒反応がクローズアップされてきました。一方で、私達のグループでは、分子集団レベルでの自触媒反応に挑戦しました。
私達は、ベシクルと呼ばれる細胞膜のような中空球状の分子集合体が、界面の性質により化学反応の触媒として機能できることを利用し、ベシクルが自己複製的に増殖していく(継続的に増殖していく)現象を創り出しています。この現象は、反応基質の継続的供給がある開放系で永続する挙動に該当します。
分子集合体の自己集積挙動と分子集合体の運動:継続的に伸びる挙動を創る
分子が集まり、集合体を形成する挙動も、非線形性を有した挙動です。
動画は、少量の両親媒性分子を添加したときの、オレイン酸の集積挙動の動画です。回転しながら伸び続ける挙動が観察されている点は、この研究のユニークなところです。研究では、1週間以上もの長い時間、一定の速度で動き続けられる理由を明らかにしています。なお、この現象は、回転運動を長時間続ける(開放系では永続できると期待される)ものの、基本的には緩和挙動である分子集積挙動であり、全体としては緩和挙動に該当します。
Y. Kageyama, T. Ikegami, N. Hiramatsu, S. Takeda, and T. Sugawara, Soft Matter 2015, 11, 3550–3558.
非線形的な運動の追究
化学反応の非線形性を利用して、継続的な運動を作り出すことを目標に研究を行っている一方、現在の科学は、それを簡単に作り出せるほど発展していません。まずは、顕著な非線形性をもった運動を作り出すことから、研究は始まります。
動画は、その研究例です。紫外光を照射すると化学反応が起こり、分子集合体が一度不安定になります。その後、分子集合体は安定な状態になろうと、二段階目の化学反応と分子集合体の運動が起こり、秩序だった、しかも大きな運動を実現しています。このような、「何かの反応が起きた後に、何かが起こる」という時間遅れを伴う協同現象は、非線形的挙動の最たる物です。 なお、この変化の後に可視光を照射すると、また分子集合体が不安定になり、その後、安定な状態になろうと分子集合体の運動が再び起こります。なお、この現象は、緩和挙動に該当します。
Y. Kageyama, T. Ikegami, Y. Kurokome, and S. Takeda, Chem. Eur. J. 2016, 22, 8669–8675.
分子レベルダイナミクスの研究
水分子のダイナミクスが協同する分子の機能の探求
水は、分子レベルから分子集合体のレベルに至るまで、非線形的な現象を生み出す鍵になっていると、生命現象を考えたときに、私は思えてきます。水分子の特性の理解と制御は、私のライフワークにしていきたいテーマです・・・しかし、まだまだ十分に進展していません。
水分子は、
(1)水分子同士で水素結合を形成する
(2)プロトン化と脱プロトン化を起こす
という2つの重要な性質を有する小さな分子です。
このクセのある性質が、生体内での分子の分散や立体構造の決定、自己集合、自己組織化、分子認識などなど、生命現象に深く関わっている一方、この性質を十分に解明した研究や、機能的に用いた人工分子系の構築に関する研究は、十分に進んでいません。
その理由はいくつかあります。 例えば、水分子の振るまいまでを踏まえた機能性分子の設計技術が未開拓であることや、水分子のダイナミクスをリアルタイムで追跡する分析方法が十分でないこと、などなどです。
私は、化学合成のテクニックの他、
・pH滴定法
・水分子を対象にしたNMR分光法
・誘電応答
・熱分析
などの計測法を通じて、水分子のダイナミクスと分子(超分子)の機能の相関・協同現象を探っていく研究を展開しています。
最近では、in-situ型動的核分極NMR装置(14 MHz)を製作し、この装置を用いて、分子集合体を取り囲む水の運動を計測しています。
関連研究発表
国際共同研究
分子集合体の界面の水の性質が関与した研究として